日記

表題の事象が起こっていたので、書きづらくて日記は中止してた。

しかしツールバーのどれかのボタンを押して画面を遷移させ、「戻る」にすればなぜか直った。
何でだ?
以降、新規の記事では崩れの発生無し。

最近は「ロボトミーコーポレーション」というゲームにはまっていたり。
ゲームなんて結局何も残らない、だなんて冷めた目で見ていたが、やっぱり手軽に「新しいこと」をやるならゲームだな、と思う。
子供の頃からゲームは好きだったが、やっぱり自分はゲーム好きなのかな。

休日は自宅の庭仕事をしていた。
剪定だけなら楽だが、植え替えは大変。
しかし年末なのでそれなりに綺麗にはしておきたい。

日記

ネタが無いのでふと思ったことを日記に書いてみる。

自分は今となっては古いゲームが好きな人間になっている、ようだ。
ゲームも登場して結構な年月が経つが、一番思い出に残っているのがPS1。
SFC後期~PS2時代が最新のゲームにはまっていたが、PS1の始まりから終わりまでの間はゲームこそが自分の人生の唯一の楽しみだった。
その年齢くらいが自分の原体験を作る期間だったのだろう、今でもPS1は好きだ。
過去の名作をやりきってから新しいゲームをしよう、と思っていたらもうとっくに取り残されている。
というわけで他人から見れば、自分は時代遅れの懐古主義者である。

しかし、ふと思う。
ゲームなんぞよりも遥かに本のほうが歴史はある。
ここ10年の間に発刊されたものなんてまだ「新作」で、明治時代など100年以上前に書かれたものが普通に今でも読まれている。

ゲーム業界では20年も前のものなら「古臭い」と思われがちで、本ならそんな雰囲気は無い。
なぜ違うのか。
ゲームは表現力の向上があるからか。本は今でも文字だけだしな。
電子書籍が現れたからと言っても、電子書籍ならではの表現方法も新たには開発されず、紙の本と大して変わらないしな。

本は何百年も前のものとも張り合わないといけず、オリジナリティを出すには苦労する。
ゲームは本に比べればまだ新しさを表現しやすいが、陳腐化しやすい。

よく分からん文章になったけど、つまり業界によって1年・10年・100年の意味が違うってことだ。

日記

今は図書館で借りた宮本常一著作の「私の日本地図 芸予の海」を読んでいる。

漁業は昔から資源と縄張りの奪い合いで、漁民として生きる場合は時に遠くの島や海まで遠征しないといけない。
遠くへ出稼ぎに行き、生活費を稼いで故郷へ帰り、家や集落の整備や子供の世話をする。
昔は金を稼ぐ≒土地に実る資源を手に入れるのようだったが、今は違う。
工場などが出来て狭い一か所に通勤するだけで一家が簡単に生きていけるようになった。
だから経済的に不利な離島からは人が離れ、やがては無人島になってゆく。

昔の人にとっても、故郷とは特殊なもののようだ。
アフリカ大陸から南米大陸まで移動を続けてきた人類であるが、生まれ育った場所へ抱く感傷があるってのは不思議だ。
このノスタルジア、望郷の念は人類の歴史にどのように関わってきたのか、どうしてこんな感情が存在するのか、少し興味がある。
川魚などでは生まれ落ちた場所へ正確に帰っていく習性があるが、それと似たようなものなのだろうか。
自分が生まれて成長した場所ならば、子孫も同じように生まれて成長が出来る可能性が高い、そういう生存戦略なのか。

金や仕事など、合理的な思考になればなるほど故郷は顧みられなくなるだろう。
生産効率が高い都市に人は集まる。
だが、どこででも飢えずに生きてはいけるとなれば、合理的な考えを無理に持たずともよくなる。
「生存する」以上の自分の人生の送り方を考えた場合、人はどこを選ぶか。

日記

昔からwikipediaにはお世話になっているからこそ、その有用性を感じている。
グーグル検索が商業主義・大衆主義に傾きすぎてうんざりしているが、Wikipediaは今も昔も変わらずに簡潔で確かな知識を与えてくれる。
今や自分の知識系検索≒Wikipediaの検索である。
愚かなグーグル検索はもういらない。

最近は郷土史に関する本をちまちま読んでいるが、wikipediaに載ってないこともいくらかある。
自分の備忘録にもなるから、Wikipediaの編集をやってみようかなとようやく思い始めた。

誰でも編集出来るのがウリのWikipediaだが、その界隈の文化なども多くあるようだ。
1円の足しにもならないのに編集合戦する人らがいるようだが、そこまでの気力はどこから湧くのだろう。
Wikipediaに載っていることはそのくらい世界の基礎知識となっていくことだろうか。
そう考えると、やはり執筆のハードルは高い。

とりあえず今読んでいる本の内容がWikipedia内に載っておらず、かつ一次資料となるのならば執筆していってみようかと思う。
郷土の情報がインターネット上に残って多くの人に閲覧されるようになるのならば、郷土はより知られ、自分は郷土研究家の1人となれるだろうか。

日記

29日は晴れの休日。
先週は旅行したので今週は無し。

午前は実技試験の練習をする。
規定時間内にやれるかどうかの練習をするつもりだったが、間違いの指摘を受けたりしたのでまずは「正解」を目指すことになった。
このまま練習し続ければ時間内に出来るようになるんだろうが、しかし本番でミスするとめっちゃ焦るだろうなと実感。
一つのミスも無いようにするには、やはり要所要所での確認と正解の状態を知っておくことが必要だ。

帰る時に図書館に寄り、本の返却と新たな貸出を受ける。

今日は父の誕生日でもあったので、昼ご飯は親と一緒に土成でたらいうどんを食べる。
自分のおごりだ。
しかし非常に腹いっぱい食べたので、帰りの運転中は眠くなった。
帰宅後も1時間半ほど昼寝。

4時ころからはバイクの洗車、メルカリの発送、花壇のちょっとした整備。
そして夕暮れになって自室で過ごしたり、「麒麟が来る」を視たり。

朝から色々やったからそれなりには充実した休日なのだろうが、日が短く週6勤務してようやくの1日だったから、本当にあっという間だった。
自分の人生のメインとは週6勤務している時か、自由な休日か。
休日に自分の人生が形作られていくなら、残りの人生は少ない。
労働が人生を形作るなら、どうだろうか。

日記

最近の余暇は、漫画「バーナード嬢曰く。」と「火の鳥」を読んでいる。

バーナード嬢曰くは読書漫画で、読書家あるあるや色々な名作をネタにした学生日常漫画である。
読書家っていうほど読書はしてないのでほとんどの本は分からないが、こういうジャンルや面白さもあるのかという発見が良い。

火の鳥は説明不要の、手塚治虫著作の名作漫画。
まだまだ読み始めて間もないが、昔に描かれた割には引き込まれる。
黎明編のようなストーリーや設定だけでも、後世の漫画やアニメに影響しているんじゃないかと推測できるものも多い。
穴の中から脱するところはグレンラガンに似ている。
復讐相手に育てられ殺そうとしても出来ず、最終的には別の誰かに殺されるところはヴィンランドサガに似ている。
未来の人間も過去の人間も全員死んでいくのは、大河ドラマらしい。

自分が一生をかけても次から次へと現れる名作全てを堪能することは出来ない。
しかしだからって何もしないのか。
時間の許す限りは名作を読んでいくぞ。

日記

2020年1月頃は体重56kgくらいだったが、工場労働していた8月頃は何と人生で初めて64kgにまで増えた。
増えつつ体重を危惧して休日も造園バイトをしていたり登山もしていたりしたが、焼け石に水。

「このままでは生活習慣病で健康寿命が減る」

そんな気持ちもあって造園バイトを10月から本業にした。
そして1か月半ほど経って体重を測ったら、60kgほどに落ちていた。
まだ多めな気がするが、大分納まってきた!
しかも体力もちょっとついてきた気がする。

実際、デスクワークの生活習慣病のリスクと現場労働の怪我のリスク、どっちが高いのだろう。
徳島県民は糖尿病になりやすい体質だから、デスクワークのリスクも高い気がする。
しかも都会人より車に乗ってばかりだから歩かない。

昔から、肉体労働のこういう健康的になるところは好きだ。
配達のバイトは特に好きだったな。
裁量性があるところと健康的なところと。
風を感じながら、夕日を見ながら、街中を走り回るあの時。
町の中を行き来する仕事をすると、その町の人になれる感じがする。

また過去を思い出してしまった。
懐かしいことは戻ってこない。
美しい思い出だ。

日記

今は実家暮らしだから生きるための物やシステムは揃っている。
だから安月給でも金を使わないといけないことが少ないからか、貯金比率は高い。
もっぱら娯楽関連くらいにしか金は使わない。

しかし娯楽というものは体力や時間がある時にするものだ。
週休1日で体力仕事だと金を使うような娯楽をしようという気も起きにくい。
時間がもっとあれば、山に行こう→消耗した道具を新調しよう。釣りに行こう→別の釣り方もしたくなって釣り道具を買い足す。
時間が無いと生活を楽にするものに金を使うようになるが、既に実家暮らしだから生活は楽である。

メルカリで5000円以上の物を購入すると2000円還元のキャンペーンを頂いているが、何を買うかずっと迷っている。
このままじゃあ失効する。
次の週末は2連休。せっかくなので1泊したいが、コロナの蔓延で席数減少もあってか満員が多い。
このままじゃあどこも行かずに近場で過ごして金を使わない。

この年になると金を使うのも大変だ。
大人になると先を見通す力が強くなり、得なタイミングで支払ってより金を使わなくなる。
体感人生は折り返し地点に来ている。
これからはいかにして金を使うか、に重きを置こう。

日記

最近、メルカリのキャンペーンで「〇〇円以上の物購入で〇〇ポイント還元」というのをやっている。
今すぐに欲しい物は無いんだけど、あったらいいな~というものを探して何かを買おうとしている。

今年の始めに真冬用のバイクグローブが壊れて捨てたのでグローブが欲しい。
でもバイクグローブは高いのが多いので、中古でも良いから安い品が欲しい。
で、探していたらメルカリでモンベルのグローブがあった。

そこそこ安いので買おうと思ったけど、一応ネットで定価を検索。
すると、モンベルのネットショップでアウトレット品が売ってあった!
新品なのにメルカリの中古品と同じくらいの価格。
色やサイズも豊富。

結局モンベルのアウトレット品で、3本指のトリガーグローブとインナーのメリノウールグローブの2品を購入。
コミコミで5000円くらい。

そして今日届いた。
感想としては、アウターが思ったよりアウターで、フカフカ感は一切ない。
インナーと一緒に使うのが前提か。
仕事に行く時もバイクグローブを装備するが、仕事用の手袋の上に装備すればちょうどいいか。
インナーグローブは可もなく不可も無くで、まあ使いやすい。
こういうトリガーグローブはワークマンとかでも売ってなくてレアなものだが、安く調達出来て良かった。

で、結局メルカリのポイント還元キャンペーンで何を買うか迷うのだった。

日記

15日の日曜日は休日。
7日ぶりだ。

早朝は部屋の掃除と身だしなみを整え、外出して婚活業務の一つを行う。
昼食はうどん。
西川屋というところで食べたが、かんずりぶっかけうどんという生まれて初めて食べるものを選ぶ。
かんずりとは唐辛子の発酵食品のようだ。最初は梅+唐辛子かとも思った。

徳島中央公園に行き、新米庭師の観点で御殿庭園を見てみる。
よくある樹種の、大木が多い。
庭園で植えられるものは大名でも市民でも同じようなものだな。
しかしやはり立派なものばかりだ。特にクロマツ。
また、築山の頂の泉から流れる渓谷を模した流れは美しい。
この落差と広さは個人宅ではなかなか出せないだろうし、他の大名庭園でも少ないものだと思う。
池はもうちょい澄んでいた方が綺麗か。

公園を更に散策するが、メタセコイアとイチョウの紅葉が綺麗なものだ。
メタセコイアの並木はどこか洋風な感じがする。
水辺の風景も良いものだ。
徳島市は水路が多く親水公園も多い。
無電柱化により広くなった青空と水面の風景は、この秋の淡い光と合わさると、ノスタルジックな雰囲気を醸し出す。

帰りには川内のあいあい温泉へ入る。
いつも通り、大浴場→サウナ→水風呂→野外で休憩→サウナ→水風呂→野外で休憩→大浴場の流れで体を整える。
サウナで血管が拡張されると、水風呂の後の野外休憩時でもほとんど寒さを感じないから不思議なものだ。

最後に鳴門スカイラインの四方見展望台まで行って夕暮れを眺める。
いつか死ぬとき、「俺が守った風景だ」と言えるようになりたい。
風景と町を丸ごと抱え込んで生きていきたい。