日記,旅行

晴れの休日、試験も終わったので久しぶりにキャンプしてみることにした。

蔓延防止とか色々出ているので徳島県外には行かず、県内で済ませることに。
最高気温が35度超えの猛暑日なので、標高の高いところが良いだろう、ということで標高1000m近くの神山と木沢の峠近くにある「岳人の森」へ。

…の前に時間があるので、手前の「神通の滝」へ寄ってみた。
林道を少し走って遊歩道を登っていくと、滝が現れる。
猛暑日だが樹冠の下の水気の多い環境は非常に涼しく、夏涼みには滝巡りはもってこいである。
滝巡りは良い…リリンの宝だよ。

神通の滝は勢いがあるのか霧状になる率が高いように見えて、滝壺付近は非常に潤いがある。
暑さは全く無くてずっといれば肌寒いほどだ。
心地よい。

そうして岳人の森キャンプ場の管理棟兼食堂の「観月茶屋」へ。
ここで冷やしそばを食べ、受付を済ませる。
14時までのチェックインならアーリーチェックインとなり、500円追加。
薪は種類があり、綺麗なものなら500円とかするが雑薪なら200円。
雑薪は、ただの枯れ枝のようなもので、鉈や斧は必須。
自分はこれを選んだ。

当日受付としたがコロナ禍の休日だけあって、ほぼ満員らしかった。
しかしバイクキャンプ用のサイトがあるようなのでそこに行くことに。
(空いてなかったら林道脇の渓流で野宿するつもりだった)

サイトに行ってみると、確かに狭い。
ソロテントとタープとバイクを置いたら埋まるほどだ。
自分はタープ無し派なので、特に広いスペースを必要としないが。

ヘリノックスの偽物チェアとテーブル、焚き火台を組み立て。
軍手と鉈を装備し、雑薪を取りに行く。
枯れた雑木を引っ張り出して、サイトで枝払いして薪を作っていく。
薪というより焚付だが。
(管理人としては片付けを客がやってくれるから一石二鳥?)

サイトからは木々の間から徳島の平野が垣間見える。
大鳴門橋までハッキリと見えた。
良い天気だ。素晴らしい。

私のソロキャンでは特にやることは無い。
とりあえず読書と昼寝をしていた。
そうこうしているうちに昼の3時ころとなり、チェックインを済ませた人たちが増えてにぎやかになってきた。

五月蝿いわけではないが人の声があると読書や瞑想に集中しにくいので、焚き火を始めることに。

焚付ばかりだが、こうやって燃やしていると下の方に炭化したものが増えて火が安定してくる。
乾燥した割薪が無い場合、とにかく燃やすのがコツなのだ。
無駄な消費だと思わずに。

火が安定してきたので、少し早いが飯を作ることに。
今日の晩御飯はピラフだ。
カットした野菜と米は自宅で既に飯盒に入れておいたので、水と調味料を入れて火にかけるだ。
調味料は固形コンソメと塩だけ。
飯盒を吊るすものを整備するのが面倒なので、焚き火台の中央に放り込んで炊飯。

あとは火の番をしながら待つだけ。
缶ビールと焼きマシュマロで暇を潰す。

そうして出来上がったのが焦げ焦げのピラフなのだ!

…焚き火台に放り込む方法は吊るす方法に比べて取り出しにくいので、炊飯具合のチェックを怠りがちですか?
食べてみると焦げの味もあるがまあまあいける。
でもやっぱり自宅で作ったり店で食べたほうが美味しいのは確かだが。

暗くなった後もひたすら焚き火。
やることは無い。
だから考え事をしていた。

私は学生の頃からキャンプをしていた。
だから好きだろうと思っていた。
だが、今は、それほどでもない、気がする。
旅費を抑えるための手段としてキャンプは素晴らしく、苦痛であっては元も子もないのでなるたけ快適にしようとしていた。
だけどキャンプ単体が好きかって言うと、微妙だ。
キャンプの醍醐味に火を見つめるとか野外で料理して食べること、とか挙げられるが、新鮮味を無くした今となってはそれ以外の快が見当たらない。
やったことがないことをやるのは良いが、ずっとそれだけやっていたいわけでもない。
大自然を味わいたいなら登山でもいいし、静かな環境で読書や瞑想したいなら近所の公園でも出来るわけで。

ソロキャンプの楽しさとは、今は分からない。

 

でも岳人の森そのものは良かったです。
自宅よりも温度調整が上手く出来ているシャワールームもあるし、水洗便所も整備されている。
順路が整備された植物園も良く出来ているし美しい。
これらを創業者がほとんど一人で整備したってのがすごい。
ホームページも作っているし、登山道だって作っている。
私なんかより遥かに心的エネルギーが高いのだろうな。

次の日、朝5時に自然に目を覚まし、夜明けを見に行く。

キャンプ場から東は山にあるので綺麗に日の出は見れないが、朝焼けは見られる。
夜明けや夕暮れは美しいものだが、毎日起こっていることなんだよな。
そういうのをじっくり見る機会が自然に出来るってのが、キャンプの醍醐味だろうか。

日記

インターネットが普及してから、人の弱みを赤裸々に話したり聞いたりする機会が増えた。
匿名という、弱みにつけこまれにくい環境が手助けしたのだろうか。
正直な気持ちで発表できるってのは私としては素晴らしいものだと思う。

社会の中で表面的に他人と付き合うだけでは、他人の行動を見られるだけでその本心はほとんど計り知れない。
だから、思いの外多くの人が悩んでいるということにネットを始めてわかることがある。
発達障害とかHSPとか、文明開化直後の精神病に当てはまらないようなものに名前が付いた。
生きづらさを伝え、より良い生き方をしようと模索している人は多い。

さて、他人も案外苦しんでいるんだなということが分かって本題です。
人間は今も昔も悩んでいる。では、昔の人は悩んだ時どうしていたのか?
昔のほうが行動範囲を制限されて息詰まりを感じる人はいたであろう。
そんな時、手助けとなっていたのが、宗教なんじゃないだろうか、と思うのです。

古代から近代までの代表的な日本の精神療養所が、もしかしてお寺だったんじゃないだろうか、という仮説を持っている。
悩み、「俗世なんてもう嫌だ!」と思って、出家する。
しかし思えば、仏教では結婚しないのが基本。
だからそういう軟弱?な心の持ち主は遺伝子的にどんどん減っていくはず、なのだが仏教は今でも続いているわけで。
今は親の寺を継いだ、いわゆる「出家出身」というちょっとわけわからん人も多いが、まあ文化的側面での仏教ではそれも正しい。
問題は、在家出身の僧侶だけで近現代まで残っていたということだ。

この辺の問題は考えすぎるといくらでも考えてしまうので、今日はここまで。
いつかまとめたいもので。

日記

4,5月頃の鬱状態から、メンタルヘルスに関することを自分なりに調べている。

以前から仏教には興味があったし高校生の頃に概要も調べたことがあるが、最近は再度調べ直している。
今はもっぱら、メンタルヘルスとしての仏教の効用、そして歴史や民俗学的に民衆へ与えた精神衛生的な効果などに興味がある。
瞑想も一応続けているし、ブッダの教えを実践するための手法の一つであるとも実感できている。

また、仏教だけでなくフロイトやユングなどの西洋の分析心理学、哲学の概要も本を買って調べている。
それらの共通点や違いや、一方で得たことを一方に活かしてみることなどやってみたい。

今日も雨の中、ブックオフで色々と仕入れる事ができた。
頑張っても月10冊ほどしか読めないが、8月だけで30冊近くも仕入れてしまった。
図書館でもちょくちょく本を借りているから、またしばらく読めない積読本が増えたことになる。

しかしこうやって調べていると、「僕はまだ知らないことばかりだ。死ぬにはもう少し待って欲しい」と思えてくる。
30歳になったころはもう人生に熱意が無くて、飽きて、あとは消化試合だけだと思っていたが。

集中して調べたり、自分を感じたり出来ているのは、やはり一人暮らしで幾分か孤独であるからだ。
他者に対して慈悲を持つ、と言えど安らかな心は一人でいるときのほうが多い。
俗世は早く過ぎ、「反応」しないとついていけない。
だから、そのような反応に疲れて悩み苦しむ。
意識的にかつ日常的に、孤独は必要であると感じる。

日記

お盆休みはずっと雨で、ひたすら読書をしていた。
この長い休みにやってやるぞと思っていたことは無く、予想通りと言えばその通りだ。

雨はこれからも続いていく。
気温も35度を超えるようなことはなく、クーラー無しで生活できるだろう。
このまま、猛暑も消え去るか。
そして夏も過ぎて、秋が来るのか。

コロナや天気で長期旅行に行けなかったが、悔しいという思いは無い。
ただ淡々と過ごしている。
休みでウキウキもせず、仕事が再開されてウンザリすることも喜んでもなく。
感情はかなり薄まっている。
感情の渦に落とされることは無いが、歓喜のような感情も無い。
だが今の環境が不幸だとは思わない。
今を与えてくれた職場には感謝している。(正確に言えば、感謝というより不満はゼロの状態)

外を見て喜ぶことよりも、今は内側を見てさらなる探求をしてみたいとは思っている。

日記,心理

12日から16日までは夏休み。
天気でも良ければキャンプしに行こうかと思っていたが、生憎の全日雨。
しょうがないので読書三昧と致す。
土砂降りの中カッパを着てバイクに乗り、ブックオフへ。
2店周って10000円分購入。
色々な漫画の続きもいっぺんに買って、完結させたものも多く。
本が切れそうだったからこれでしばらくは持つ。
起床、朝食、読書、昼食、読書、夕食、風呂、テレビ、読書、就寝…の繰り返し。
夏休みだがしてみたいこととか目標は無く、連休の意味は特に無い。


さて話は変わって、フローのこと。
心理学的にはフローという集中状態こそが最も今に着目し、将来への漠然とした不安だとか自信の無さとかを無くしてくれる。幸福に近くなる。

何となくやる気が出ない、野望が無い、とブログ開始当初から思っていたが、言い換えればフローに至ることが少なくなったからだと思う。
だが20代の頃を思い返せば、あれがフローならばあの頃は酩酊状態でもあったように思う。
信念に酔っていた。宗教に酔っていた、ようなものだ。

冷めた視線は客観性を備え、酩酊や洗脳から逃れられる。
だけどそういう酩酊状態はフローでもある。幸福でもあるのだ。
受け入れたくないことは受け入れず、受け入れたいもののみ受け入れて突き進む。
他人から見れば少しスピリチュアル的な違和感も感じるだろう。

瞑想やマインドフルネスは今この瞬間に集中する、フロー状態になって苦しみから解脱させる。
ではその状態は酒を飲んで酩酊状態になって嫌なことを忘れ、目の前の美味しいつまみを食べて幸せを感じる、のとは違うだろうか。いや、もしかして同じなのでは?
フローにも種類がある?
無行動なフロー、行動するフロー?

日記

しばらく日記が空いた。

祖父のアパート掃除で出てきたダイヤを売った。
売り先によって数万円の違いがすぐに出るだろうから色々と方法や評価について勉強していた。

いろいろな宝石店を回って査定してもらうのは面倒なので、相見積もりしてくれるサイトに依頼してみた。
すると、訪問査定の選択肢しかなかった。
とりあえず1社目査定してもらう。
その人は神奈川から飛行機でやってきて、レンタカーで四国を回っているようだった。
買い取れるかどうかもわからないのにそれほど経費をかけるのか。
結構経費の割合が多いだろう、あまり高値は期待できない。
その人は頑張っているのかもしれないけど。

結局、面倒くさかったから一社目の人にダイヤのネックレスをいくつか売った。
査定額は2つで2万円。金のネックレスは1万5千円。
鑑定書のないダイヤは安いものか。
ダイヤのリングは5000円と言われたので保留にした。
まあこれで営業マンも最低限のノルマは達成できたんじゃないか、と少し同情もするから訪問査定はあまり割に合わない気もする。

試しにメルカリでダイヤのリングを出品してみると、鑑定書もないのに一瞬で2万円で売れた。
一瞬だったってことはもう少し高値でも良かったのか…
でも鑑定書付きのリングだなんて他にも出品されているのに。
まあしょうがないか。
これにて面倒な出品物は終わり。
ようやく目処がついた。


話は変わって最近考えていたこと。

瞑想とはメタ認知である。
高位の自分が自分を観察する。

心理学的にメタ認知は良いものだとされる。
自己を客観視するということ、思い返せばそれって終わりが分かっている時期に自然と出来ていたことなのではないか。
例えば、学生時代、期限付き契約社員、繋ぎでやっていたアルバイト。
「僕は今高校生だ。だから高校生らしいことをしよう。悔いのないようにしよう」とか、思っていただろう。
そういう自然と出来ていたメタ認知が心理学的にも良いことで、だから美しき思い出として残っているのでは。

「これからずっと…」と考えるとメタ認知はしにくくなる。
いつまで経っても今からの連続で、未来や現在は主観的すぎるものになる。
そのような主観が今の自分の位置付けを忘れさせ、価値も見出しにくくなる、のではないか。

まあこれは性格の違いも関係している。
日本人に多い、エゴグラムで言うところのAC優位は他者の目を気にして不安定な状況には過度の不安を感じる。
だからこういう人らにとっては「これからずっと」はむしろ安心感をもたらすのかもしれない。
だが自分は嫌だ。
メタ認知から遠ざけ、今の一瞬の価値を薄れさせる。

全ては変わっていく。
だから今は価値がある。
そんなことは頭では分かっている。だが実感しやすい状況というのは限られている。

お金

家計簿

独身アパート暮らし、30代の男の家計簿を載せます。

家計簿書くの、久しぶりですね。
2月の分書いて以来。
面倒なので空いた分は数字だけの記録にして、7月分から記事にしていくことにします。

7月は新たな仕事2ヶ月目、アパート暮らし1ヶ月目、面接と論述試験日。
前半は非常に忙しかったですが、試験が終わった下旬頃は安定してきました。

収支内訳

収入 230,578円
給与収入(手取り) 218,854円
資産運用益 27円
ネット収入 13,708円
雑収入 0円
   
支出 209,205円
食費 16,699円
雑貨費 66,723円
車両交通費 2,848円
医療費 3,390円
保険 0円
服飾費 2,090円
交際費 0円
娯楽費 42,173円
通信費 3,577円
雑費 1,705円
家賃 70,000円
   
当期純利益 21,373円

収入について

給与は新しい仕事の分。
2ヶ月目は厚生年金と保険料が引かれ、住民税は引かれてない状況。
契約職員の割には基本給がなかなか多いので、休みは多いのに手取り20万円超えです。
ありがたや。

これだけもらうほど働いているかというと、そうでもないです。
しかし今はただ落ち着きたい、と思って生活しているから、張りの無い仕事でも不満は無いです。
パソコンに向かうふりしながら実は考え事をしていることも多かったり。
勉強していたりしていることも。

支出について

新生活のために様々な物を購入したので、全部で20万円超え。
おかげで貯金もほとんど増えてません。

家賃は21,000円+CATV1300円=22,300円ほど。
これに電気代・水道代がかかり、更にスマホのプランは20GBに変更したので通信費もプラスされていくことになります。
でもまあ、固定費は3万円以内で収まりそう。
ガスは契約せず、風呂バンスとカセットガスコンロだけにしています。これで固定費節約。

家賃70,000円計上していますが、初期費用+7,8月分家賃-敷金でこんなもんです。
初期費用には不動産会社への手数料とか。

新生活の雑貨・家具としては、ゲーミングチェアとユニット畳とブルーレイレコーダー買ったのが大きかったかな。
ゲーミングチェアは25,000円。椅子に座ってテレビ見たりパソコンしたりするから、色んな体勢が出来るものが欲しかった。
ユニット畳は畳っぽいもので、3畳分買いました。
この3畳が寝室みたいなものです。読書もここでします。

娯楽費として、急に思い立って遺伝子検査「マイコード」で一番高いヘルスケアプレミアを申し込みました。
最近は心理分析にハマっていて、さらなる自己への理解を深めるためにやってみようと思ったのです。
結果が出たら記事にするかもね。

7月の生活について

3月~7月は色々あって家計簿を書く精神的余裕すらありませんでした。
しかし8月になってようやく余裕が出てきて、こうやって書けるようになりました。
余裕がある時なら書けるであろう、地味な生活記事も、ようやくこれからやっていけそうな気がします。
ああ本当に、色々、あったな…

「すぐに環境を変えようとするなんて、青い鳥症候群だ」とか思ったこともありましたが、今となっては変えて良かったなと思えています。
人間には得手不得手があります。
他人とは違った人間だと少しでも自覚がある人なら、不得手なことからは積極的に逃げても良いと思えます。
しかし少しでも正しい道に近づけるように、日々何を思っているかは記録しておくと選択の材料になっていくことでしょう。

新しい生活は既にルーチン化してきつつあります。
だけどそのルーチンを続けるのも外れるのも、私の自由。
疲れているときはルーチンを、ちょっと別のことをしたいならすれば良し。
一人暮らしは、自己コントロール感に満ちています。

日記,心理

心理学を学んでいるとたまに目につくのが認知行動療法、マインドフルネス、瞑想だ。
将来への漠然とした不安や過去への後悔などを「今」が受け止め、全ての感情も感覚も今に集中することで心を穏やかにさせながらもやりたいことややるべきことに集中できる。
そんな効能がある。

試験に受かって、自分は幸せになってもいいはずだ。
だけど未だに不安が残るのは、やはり捉え方の問題が9割9分を占めているとも思う。
だから、瞑想をしようかなと思っている。

そう思い立ってYoutubeで瞑想導入動画を流しながら10分ほどやってみると、何となく行動力や集中力が増して不安が減った気がする。
「あ~あ、あれをやらなくちゃ」
とうんざりと思いながらダラダラとスマホをいじることもあるだろうが、瞑想後はそういうのが無くなった。
食器を片付け、歯を磨き、読みかけの本を読むことにシームレスで着手出来る。
もしかして、今の自分に必要なのは、瞑想なのでは?

瞑想は朝やると良い、と本に書いてあったので、起床後出勤の準備を終えて出発までの微妙な時間を、瞑想に使ってみようかと思う。
外に出て、美しい自然の音を聞きながら、やってみよう。

日記,心理

今日は試験結果の発表日だった。
結果、合格。

 

ドキドキとしていて、落ちていたらお先真っ暗とも思っていたから、一安心だった。
そうだ、安心しただけで、「ヤッター!」と喜ぶ感情は少なかった。不安は大きかった。
喜びは少なく悲しみの多い今の性格は、どうしたものだろうか。
得られるものは少なく、失うものは多い。
得たものを失ったものくらい、もしくはそれ以上に感じ取らねば、これから先も失ってばかりだと感じるだろう。

ひとまずは余裕が出た。
しかしまだ自分の心の問題が全て解決されたわけではない。
当面は、喜びを感じられる心を取り戻すことが目標だ。
心理学の勉強はこれからも続けていくつもりだ。

だがまあ、ようやく「試験結果が分かってから決めることにしよう」と思っていたことに着手出来る。
住んでいるアパートの目の前に海がある。そこに手漕ぎボートを浮かべたい。
試験の過去問を手に入れるのは難しかった。後学の徒のために勉強資料を作っておきたい。
この分野に関する郷土史・民俗学を掘り下げていくと、この徳島のその分野の学者という非常にニッチな立ち位置だから、独走出来る。本を書き記すことも出来るだろうか。

自分の心では今日が「人生が変わった日」とは感じられない。
しかし、客観的(俗物的)に見れば、今日がその日なのだろう。