日記

昔から嫌いな人間とほんの少しでも関わることが嫌いだった。
ケンカしないように距離を保ったり譲歩したり美味い具合に関係持ったりする人が、サラリーマンとして向いている。
だが自分はそういう人間関係でのストレスに耐えられないと学生の頃から思っていた。

だから一度自営業をやってみた。
だけど、独身で自営業をすると孤独すぎて耐えられなくなった。
そして実家に帰って、結局サラリーマンとなっている。

紆余曲折を経て辿り着いた境地だけれども、やっぱり不満が一つも無いわけではない。
今日も非常にイラっとしたことがあった。
「思いっきり言い返してやろうか、キツイ言い方をする人は案外攻撃されることには弱いからなあ!」
…まあ今回はヘイトポイントを溜めただけで耐えた。

こういうストレスも孤独に比べれば、どうだろうか。
協力もケンカも、他人がいないと出来ないことだ。
他人と関わっていれば良くも悪くも浮き沈みがあり、孤独だと凪だ。
孤独を恐れてサラリーマンをしているなら、サラリーマンじゃなくても孤独じゃない環境になったらどうなるか。
最近はそれを知りたい。

日記

コロナが収まってきてようやく婚活イベントも再開し始めた。
で、人生で初めての婚活イベントに申込、今日がその日。
そのイベントはとある状況の中で自由に異性・同性と過ごせるもので、男女4名ずつの合計8名。

結論から言うと、実りのあるものには出来なかった。
これは相手や状況が悪かったというより、自分の行動が悪かった。
終わってから「あの時ああしていれば…」と何度思ったことやら。

異性は(レベル的に)悪いわけではなく、一目見て「おっ」と思う人や「一緒に仕事とかしたら良い人だと思えそう」な人らがいた。
だから、後悔する。
あの時、次に繋げるチャンスがあった、連絡先くらいは聞けるチャンスもあったのに、踏み込めなかった。
自分が悪いね。

でもまあ、今こうやって反芻しているとああいう人ともっと親交を深めたいという目標が出来てくる。
目標が出来れば服装とかにももっと気を遣おうと思えるし会話も面白くしようと思える。また別の婚活イベントに参加しようと思う。

目に見える成果は無かったが、行かなかったパターンに比べれば自己の成長という意味では成果があった。
もっと頑張ろう。

日記

徳島新聞の広告で知ったが、「とくしまプレミアム交通券」の使用期限が2021年2月28日から2022年2月15日まで、約1年の延長となった。
更に2021年3月1日から追加で発行されることになった。

正直存在自体知らなかった。
汽車やタクシーは使わんが高速バスはたまに使うので、買うことにした。
大型連休では乗換のために大阪へ行くことが多い。
そこまでの往復に徳島バスは使う。
1往復で安くて5000円。
とりあえず2回は旅行に行くか?ということで10000円分を5000円で購入する引換券をネットから申し込み。

3日後にはがきで購入引換券が送られてきた。
あとは郵便局やチケット売り場で購入するだけだ。

こういうものを逐一利用していけば、案外金は使わなくて済むのだ。
独身30代男の出費と言えば、娯楽費くらいしか無いし。

日記

2日は雨の休日。
以前に「一度遊びに来てみろ」と言われていた旧職場を覗きに行くことにした。
コロナが収まってきて、貴重な平日の休日だったから。

気楽に行くと意識していたが、やはりこういう性格だから入っていくのには緊張した。
年度末で忙しい時期に行っても良いのかな…、もう忘れられた過ぎ去った人が来たって気まずいだけなんじゃないのかとか。

で、いざ入ってみたら、昔のような雰囲気だった。
現状の説明とか辞めた後のこととか、今は誰が何をしているとか。
かつての上司も久々に顔を見たら、やっぱり皺が増えていた。まあ当たり前か。
自分がやっていた仕事も後任の人が普通にやっているようだった。
「お邪魔しました~」と言って、手土産置いて帰った。

実は前日まで「あーあ、前の職場に戻れたらなあ」と微かに思っていたが、今日行ったら、その思いも解消された。
今の仕事をもっと上達させよう、という気になれた。
前職にまた幻滅したわけでもなく、自分の今の『役』をもう少し果たそうとポジティブに。

例え毎日現場が変わるような仕事でも、同じ職場に閉じこもっていたらそれはそれで閉鎖的・引きこもり的だ。
だから何か閉塞感を感じたなら、休日に外部に出てみれば良い。
現況というものは、外からでないと分からない。
『外』とは、空間的にも、状況的にも、時間的にも。
故郷の良さは故郷を捨てようとしないと分かりづらいし、若い頃の良さは老いてからでないと分かりづらい。

日記

自分の職場で関わる人は大体が高卒、メインは40前後。
前職の化学工場は高卒、20代多め。

…故郷は良いところだが、自分と同じような大卒・アラサーと共に行動をすることは滅多に無く、疎外感を少し感じる。
性格的にも属性的にも自分は少数派なのは分かってる。
そういう疎外感が人を故郷から遠ざけ、都会に出て行かせることもあるだろう。

普通の就活が嫌でドロップアウトしたようなものだが、やはり外れると仲間を見つけにくい。
だからといってそのレールには戻ることは至難の業だ。
求人なんかもほぼ無い。

まあと言っても、学生時代からあまり仲間意識なんて無かったけどね。
具体的にじゃあどんな人と共に、何をしたいのか?と聞かれても答えられない。
ソウルメイトと呼べるほどの仲間なんていつの時代にもいなかったじゃないか。
この性格ではどんな状況でも疎外感があるんじゃないか。

気心の知れる仲って、どんなものだろう。
この人がいれば僕はもう孤独じゃない、って人間関係ってあるんだろうか。
夢を見過ぎだろうか、期待し過ぎだろうか。
そういう意味で、結婚したいのだ。
他人そのものには興味無いのにね。

日記

年末年始の旅行の時にちらっと思い浮かんだが、今年のGWは秋田の300名山に登ってみようかと思っている。
大阪から秋田までは飛行機で移動し、秋田空港からはレンタカーで車中泊+キャンプ。
高速バスを乗り継いで行くことも出来るけど、直行できないなら飛行機を割引価格で乗るのも得だし楽だ。

調べてみると国内線はJALくらいしか無いようだ。
また、何十日も前に予約しておくと3分の1くらいまで安く出来る割引プランがある。
つまり、お得に旅行したいならそろそろ具体的に計画を立てねばならない。

秋田に行くのは12年ぶりか。
2009年の夏に東北のバイクツーリングしたな。
広々としていて、バイクで走るには良いところだったよ。

今回は5月、ならば残雪があるだろう。
残雪期登山の装備もしなくては。
荷物が多い状態で飛行機に乗るからスーツケース等も必要だ。
スーツケースは、LCCで手荷物として扱える小さめが良いか、通常サイズが良いか。
そういうものの調達も始めなくてはな。

日記

23日はこっそりと大阪へ行った。
高速バスで日帰り往復。
徳島バスでは日帰り往復+大阪メトロ切符付きのお得なチケットを売っているが、営業時間に窓口行けなくて結局普通の往復切符で。

今回の旅の目的は、旧友に会うのと、都会の空気を久しぶりに味わうのと、全国一ノ宮御朱印集めと。

まずは和泉国一ノ宮の大鳥大社へ。
閑静な住宅街の中にあり、一ノ宮ではあるがちょっと地味で、でも落ち着く良い場所だ。

次は大阪で一番の寺社とも思える住吉大社。
観光名所でもあるからか人も多く境内も広い。
石灯籠が非常に多いのが印象的。
海上交通、商売の神として崇められていたので、江戸時代に多くの商人からの信仰が厚かったようだ。
大きな石灯籠は常夜燈、つまり灯台として使うもので、石灯籠を寄進することで海上交通や商売の安全を祈ったのだろう。
石灯籠には材木商、砂糖商、干鰯商、藍商、薪商などの名が刻まれており、昔の産業が垣間見えて面白い。

次は本町にある坐摩神社(いかすり神社)へ。
高層ビルと高速道路すぐ近くに閑静な境内があり、雰囲気が一気に変わるのが面白いところだ。

僕の人生、各地に行って色々なことをして結局故郷に帰った。
だが今でもたまに、都会とかでバリバリ働いたりしたいと思うことがある。
根を下ろそうとすると隣の芝生が青く見え始めて、現況への不満と外へのあこがれが溜まったら出て行ってしまう。
でもまたそこで同じことが起こって、その繰り返し。

だから、こうやってたまに都会に来ると子供じみた無垢な憧れが覆されて、今の自分の居場所を良く思える。
今回久しぶりに大阪に行ったが、あまり良い場所だとは思えなかったよ。
人の多さの割には特別な魅力が無く、それ以上に開放感の無さがある。
もし自分が大阪に住んでも、繁華街なんかにいくより公園や図書館、海や山に行くだろう。
そういう静かな場所って、故郷のすぐ近くにあるんだよ。
釣りに行きたいなら数分で行ける、山に登りたいなら数分で行ける、静かな図書館もある、近くに大きな公園もある、街中を歩いても色々な物が混ざった臭いはしない、人酔いもしない、病気もかかりにくい。

現状の良さを知るには、外に出るのが一番の方法だ。
何歳になっても。

日記

子供の頃からいつかは何者かになりたいとかなるだろうとか思っていたが、そういう気概は今は無い。
今の時点でこれだし過去の自分の生き方を鑑みたら、自分はそういう「何者か」にはならない人間なんじゃないだろうかと思い始めた。

何かをやっていれば別のことをしたくなる、今やっていることが嫌になれば全てほっぽり出したい、でも実際に抜けだしたら過ぎ去ったものの中に安寧が存在することが分かり、後悔する。
自分が本当にやりたかったこと、向いていることって何だろうか。
過ぎ去ったものを思い返して、誇りと満足と共に頻繁に思い出していること、だろうか。

新卒で初めて就いた仕事、「俺は本当はこういうことがしたいんだ、ここなんて踏み台だ」と思っていた。
嫌なこともあった、人間関係で悩んだこともあった、給料は今から鑑みても安かった。
でも、そこから離れて5年、今でもたまに誇りと共にやったことを思い出す。
あのときあんなイカしたことをしてやった、上司や取引先から褒められた。
他にも色々と仕事をしたが、その仕事ほど心地よく頻繁に思い出すことは無い。
色んな場所で色んな風景の中で生活したことは、心地よく思い出せる。

去年半年ほどやっていた化学工場の仕事は、あまり思い出さない。
楽な割に稼げたが、特別楽しい仕事でも無い。

新卒で就いたあの仕事、あの時は奨学金の返済で金に困っていたこともあって給料が低いことに大きな不満を抱いたが、返済しきった今ではそれほど不満を覚えない。
状況が変われば心も変わる。
変われば嗜好も指向も変わる。その変化に則った状況を自分で作りだせば、それは「流された」生き方と他者から映る。
自分自身としては、心に忠実であるだけ、でもある。

日記

2月14日、とある試験が終わった。
先週の試験の続きだが、内容はもちろん違う。
前回と今回の試験を合算して総得点が出され、合否が決定する。

数か月前からダラダラとやっていた勉強から遂に解放された。
…されたのだが、完璧な結果になったとまではいかなかったのでモヤモヤは残る。
「試験が終わったら気兼ねなく遊ぶぞ」と思っていたが、実際終わってみると、微妙だ。

受かったにせよ落ちたにせよ、試験は終わって勉強や練習はもうする必要は無いのは確かだ。
余暇の時間では中断していた読書とかを進めていきたい。
あと、そろそろ大阪にでも遊びに行きたいな。
コロナ感染者数も少なくなってきているし、休みは限られているからタイミングを外さずにしたい。

日記

1年以上前に実家に帰ってきたわけだが、あの頃の抑うつ的な気分の根底は、ほとんど治ってない気がする。
むしろ更に「何をやっても嫌になるんじゃないか?」とする疑いが強くなっている気さえする。

弱者らしい無気力者らしい行動だが、最近はネットでメンタルヘルスについて検索している。
その中で見つけたのは、「一度変わってしまった壊れてしまった心は、二度と戻らない」ってこと。
体験談なんかも書いてあったりして、心理学的研究の根拠は無いが仮説としてはあり得ることだ。

僕もあの30歳の誕生日前後に、10代後半から20代にかけて抱いていたあの気持ちが一気に変わったが、「実はまた復活するんじゃないか?」と淡い希望も抱いていた。
だが現状を鑑みるに、復活の兆しは小さい。
熱中したり嫌なことがあっても目標に向かって突き進んだりする気概は、全然戻らない。

最近はちょっと前職の職場に遊びに行って現況を聴いてみたりしたいと思っている。
コロナとかもあって行きづらかったが、そろそろ行けそうな気がする。
そしてあわよくば、あの頃の事務と現場が半々で裁量性もあるようなポジションに戻れたら…だなんて下心もある。
でも、今の、変わってしまった心の自分では、昔のようには上手くいかない気がする。
そうなったらば、再度迷惑をかけることになるだろう。
だから、そんな願いは抱かないことだ。
懐かしきあの頃を、皆で思い出せるだけで、