旅行

晴れの日曜日、2月にしては非常に暖かくなった21日。
こんな日は淡路島一周ツーリング(あわいち)だ!
ドライブコースでは非常に定番で、観光客向けの整備が観光客を呼び更に整備されていくという好循環。
2回目だが、まだまだ観光出来てない箇所は多い。

まずは洲本を観光。
行ったところは、「洲本市立淡路文化史料館」「洲本城」「旧益習館庭園」
洲本は淡路島の中では中心街のようで、街並みもちょっと都会風だ。
洲本城からの景色は良く、青空と青い海と街並みと島の景色が、沁みた…

次は「国営明石海峡公園」
ここで淡路牛のハンバーグを食べて昼食とし、公園を散策する。
国営だけあって至るところに工夫が凝らされており、公園の一つの完成形でもあるように思えた。
花が真っ盛りの季節ではまだないけど、菜の花を始めとして至るところで美しい花が見られた。
一日中のんびりと楽しめる場所だろう。

一気に北海岸へ。
以前は淡路の北・西海岸は田舎らしさがあったけど、最近は色んな施設が出来てそういうところに観光客が集中しているようだ。
「幸せのパンケーキ」とかハローキティとか、行列出来てた。

「北淡歴史民俗資料館」にも寄ってみた。
古い建物だからあまり期待はしてなかったけど、淡路で最古の民家や膨大な寄贈カメラコレクションや民俗資料など、意外に面白かった。
民俗って、裏にあるストーリーに耽るのが、良いんだよ。

更に南に下って、最後は「うずしお温泉 ゆとりっく」へ。
スーパーなども併設されている場所で、地元民も多そうな日帰り入浴施設。
いつものごとくサウナ2回セット+温泉入浴で体を癒す。
そうこうしていると夕方になってしまう。
今回は時間に余裕があると思っていたんだけど、やっぱり温泉入ると大分時間取られるね。
西淡三原ICから、徳島へ帰る。

色々コミコミで、費用は7,000円くらい。
美味いもの食べて見たいものを見て、疲れたら温泉入って家に帰って、良い休日じゃねえか!

お金

家計簿

独身実家暮らし、30代の男の家計簿を載せます。

1月初めは旅行、以降の日祝日以外は仕事。
大きなイベントも無く、ただ過ぎていきました。

収支内訳

収入167,540円
給与収入(手取り)155,030円
資産運用益80円
ネット収入12,430円
雑収入0円

支出36,983円
食費2,973円
雑貨費2,584円
車両交通費19,592円
医療費3,860円
保険0円
交際費0円
娯楽費7,974円
通信費2,200円
雑費0円

当期純利益128,357円

収入について

給与は全額、造園業の給料です。
1月は年始が休みなので出勤日数が少なくて少なめ。

1月は最も寒い時期なので仕事も辛い時がありました…
でもそんな辛いことがあっても金のために頑張るんだ!
…というのが普通の人のようですが、特に金が欲しいわけでもなく暇潰しに働いているだけの自分にはぼんやりとした虚無感と共に過ごしているだけ。

欲しいものがある、やりたいことがある、そのために金が欲しい、ってなったら向上心とかも湧くんだろうか。
昔から欲が少なくてだから自然と金に困ることも無かったけど、金を稼ごうとする気力も少ない。

支出について

年末年始の旅行代の多くはレンタカー代ですが12月に計上しているので、娯楽費も少なめ。
この年になると欲しいものが無くなってくるから、欲しいものがあったらためらわず使おう、と思っているけどあんまり使わない。

金を貯めて仕事を辞めてセミリタイアだ、としてもどうせやることも無いんだろうね。
もっと金を使わねば。

1月の生活について

1月は2月初めにある試験の前、というだけあって少し緊張感がありました。
休日も100%休むのではなくてその試験のことを考えて。

それもあってか、新鮮な人間関係が過ぎて嫌なところも見えるようになったとか、3ヵ月の飽きとかもあって、別に他にやりたいことも無いけれど転職情報を見ることもあり。
何かしら大きな変化があったらためらわず辞めてやりたいと思うけど、その変化は、私の以降の人生に存在するだろうか。

日記

子供の頃からいつかは何者かになりたいとかなるだろうとか思っていたが、そういう気概は今は無い。
今の時点でこれだし過去の自分の生き方を鑑みたら、自分はそういう「何者か」にはならない人間なんじゃないだろうかと思い始めた。

何かをやっていれば別のことをしたくなる、今やっていることが嫌になれば全てほっぽり出したい、でも実際に抜けだしたら過ぎ去ったものの中に安寧が存在することが分かり、後悔する。
自分が本当にやりたかったこと、向いていることって何だろうか。
過ぎ去ったものを思い返して、誇りと満足と共に頻繁に思い出していること、だろうか。

新卒で初めて就いた仕事、「俺は本当はこういうことがしたいんだ、ここなんて踏み台だ」と思っていた。
嫌なこともあった、人間関係で悩んだこともあった、給料は今から鑑みても安かった。
でも、そこから離れて5年、今でもたまに誇りと共にやったことを思い出す。
あのときあんなイカしたことをしてやった、上司や取引先から褒められた。
他にも色々と仕事をしたが、その仕事ほど心地よく頻繁に思い出すことは無い。
色んな場所で色んな風景の中で生活したことは、心地よく思い出せる。

去年半年ほどやっていた化学工場の仕事は、あまり思い出さない。
楽な割に稼げたが、特別楽しい仕事でも無い。

新卒で就いたあの仕事、あの時は奨学金の返済で金に困っていたこともあって給料が低いことに大きな不満を抱いたが、返済しきった今ではそれほど不満を覚えない。
状況が変われば心も変わる。
変われば嗜好も指向も変わる。その変化に則った状況を自分で作りだせば、それは「流された」生き方と他者から映る。
自分自身としては、心に忠実であるだけ、でもある。

日記

2月14日、とある試験が終わった。
先週の試験の続きだが、内容はもちろん違う。
前回と今回の試験を合算して総得点が出され、合否が決定する。

数か月前からダラダラとやっていた勉強から遂に解放された。
…されたのだが、完璧な結果になったとまではいかなかったのでモヤモヤは残る。
「試験が終わったら気兼ねなく遊ぶぞ」と思っていたが、実際終わってみると、微妙だ。

受かったにせよ落ちたにせよ、試験は終わって勉強や練習はもうする必要は無いのは確かだ。
余暇の時間では中断していた読書とかを進めていきたい。
あと、そろそろ大阪にでも遊びに行きたいな。
コロナ感染者数も少なくなってきているし、休みは限られているからタイミングを外さずにしたい。

日記

1年以上前に実家に帰ってきたわけだが、あの頃の抑うつ的な気分の根底は、ほとんど治ってない気がする。
むしろ更に「何をやっても嫌になるんじゃないか?」とする疑いが強くなっている気さえする。

弱者らしい無気力者らしい行動だが、最近はネットでメンタルヘルスについて検索している。
その中で見つけたのは、「一度変わってしまった壊れてしまった心は、二度と戻らない」ってこと。
体験談なんかも書いてあったりして、心理学的研究の根拠は無いが仮説としてはあり得ることだ。

僕もあの30歳の誕生日前後に、10代後半から20代にかけて抱いていたあの気持ちが一気に変わったが、「実はまた復活するんじゃないか?」と淡い希望も抱いていた。
だが現状を鑑みるに、復活の兆しは小さい。
熱中したり嫌なことがあっても目標に向かって突き進んだりする気概は、全然戻らない。

最近はちょっと前職の職場に遊びに行って現況を聴いてみたりしたいと思っている。
コロナとかもあって行きづらかったが、そろそろ行けそうな気がする。
そしてあわよくば、あの頃の事務と現場が半々で裁量性もあるようなポジションに戻れたら…だなんて下心もある。
でも、今の、変わってしまった心の自分では、昔のようには上手くいかない気がする。
そうなったらば、再度迷惑をかけることになるだろう。
だから、そんな願いは抱かないことだ。
懐かしきあの頃を、皆で思い出せるだけで、

日記

最近はレトロだがゼノギアスをプレイしていたり、吉川英治の小説を読んだりしている。
しかし、あまり面白いとは思えず無意義に時間を過ごしている感がある。
人生に有意義も無意義も無いが、だからこそ楽しいと思えるのが良い。では楽しめなければ?

でもまあ、メチャクチャハマれるものなんて過去においていつでもあったわけでもなく、若かった自分にとっても貴重なものだ。
ハマれなかったものは「教養」フォルダに入れておいて、未来に活かせる希望を持っていた。
だが今ではそういう「未来のために」ってのが無くて、今がその未来だという感覚があって、無責任なモラトリアムだとかそういうのも無い。

社会に出たらとか老後だとか死後だとか、そういうのに無根拠な希望を持って今の苦しみや楽しくなさを受け入れるのは普遍的な考えである。
自分も結婚とかしたら現状が変化して幸せになる可能性があるのか、と無根拠な希望を抱いている。
でも心の奥底では、「どうせ…」という思いもある。

あーあ、こういう抑うつ的な気分、客観的に生理学的に「うつ病」だと診断してくれたら無責任に「いや~うつ病じゃなかったらもっと幸せなんだけどなあ」とか言えるんだけどなあ!

日記

土日は仕事だったので月曜日は休み。
試験後、晴れの休日なので少しだけ遠出してみることにした。

風が強い日だったが天気は概ね良くて、バイクで走るには苦も無い暖かめの気温。
塩江温泉往復するだけでは寂しいので、適当にショッピングを楽しむか、としてイオンモール高松へ。
わぁ、休日に郊外型ショッピングモール、なんて田舎の人間らしいんだろう!いや、まさにそうだろ。

西日本最大級のモンベルでバラクラバとミドルグローブを買う。
年末年始の登山ではちょっと寒かったので。
他の店も色々見るが、まあ普通かな。
香川に来たんだからうどんを食うべきだろうと思われるが、結局フードコートでラーメンを食べてしまう。
最近外食でうどんばっかり食べているからー

その後、塩江温泉の行基の湯へ。
バイクで冷めた体を風呂に漬け込むこの瞬間はまさに至福。
そんで帰宅。

試験がほぼ終わったにも関わらずモヤモヤとした気分に苛まれていた近頃、少しだけ気晴らしになった。
仕事を始めて数か月経つと、ないものねだりをし始めてしまうんだ。
年間休日100日以上欲しい、仕事への熱意が常に存在することを前提としないである程度クールでいたい、事務と現場半々のあの初就職の仕事が懐かしいとか、色々。
でもどんな仕事、どんな状況だって、良いこともあれば悪いこともあるんだよ。良いことだけなんてないさ。
それでも、厭世家の自分にとっては、何かしらの輝かしい追うべき希望を持たないと、ウンザリしてしまう。

日記

2月6日はとある試験で、数か月間ちまちまと気が向いた時にしていた勉強と練習の成果を出す時だった。
練習ではそれなりに出来ていたので前日は忘れ物と寝坊にだけは気をつけて、体調を万全にすることに専念。

そして試験当日、途中までは上手くやっていたと思うが最後の最後で「あれで良かったのか?」と思い悩むことが多くて、結局100点満点とは程遠い出来か。
密かに受験者の中で1番を狙っていたが、それも叶いそうにも無い。
結果はまだ分からないが、もやもやとした気持ちは残った。

しかし何はともあれ、泣いても笑ってもこれでひと段落だ。
先輩から言われて11月頃から練習していたが、正直1か月前後集中すれば出来た気がする…
ダラダラとやってたら時間が過ぎるにつれて腕もなまるから、練習回数の割に実力が伸びない気がする。
でもプレッシャーをかけられていたから練習期間と余暇の両立が心情的に難しくて、ちょっとストレスが溜まっていた。

さて、これにてそのストレスからも解放された。
休日は存分に遊ぶことが出来る、その予定を立てられる。
後顧の憂いなく、楽しみたいと思う。

日記

最近、「もし自分が他人が羨むような大企業とか団体とかにいたなら…」と夢想することがある。
隣の芝生は青く見えるしそんな環境にいれば「もっと静かでマイペースに生きたい」と思うことだって分かってる。
でも、自分が今いる環境がベストなのかを常に疑ってしまう。

ふと、身近にいてお世話になっている医者について思う。
彼らは類まれなる頭脳と行動力と、(もしかしたら違うかもしれないが)人を助けたいという信念を持っている。
おそらく彼らが大企業に就職すれば、速やかに要職に就き、顎で数百人を動かせるような立場になっていることだろう。
そして、そういう想像を彼らもしたことがあるだろう。
こんなちっぽけな町にいる彼らでも、然るべき場所に行けばいくらでも名声は得られる。

彼らは何を思いながら生活をしているのだろう。
静かで快適なこの町に暮らしながら住民の健康を守っていければ幸せだ、もしくは、もし俺が官僚や大企業に行ったなら…
優しそうに見えるお医者さんたちにもやっぱり人並みに抱える悩みだってあるんだろう。
そう思うと、何だか今の自分を肯定できる。
僕もこのちっぽけな故郷を守る一員として、技術や知識を磨いていこうと思える。

日記

31日は晴れの休日。
試験が近いので、まずは半日ほど勉強をしていた。
当日に事故しなければ受かるかな?程度までにはなった。

午後からは1週間ぶりの余暇だが、改めて考えると、何をすればいいのか分からない。
とりあえず婚活の一環のとあることをして、図書館にでも行こうかと思った。
しかし文化の森の県立図書館は残念ながら休館中。

何をすればいいのか悩む。
どこも車が多くて徳島市内の散策は面倒だ。
少しバイクで走って良い景色を見に行こうか、と思ったが仕事でしょっちゅう見ている。
結局帰宅し、のんびりとゲームをしていた。

何十年も前から何度も何度も考えていることだが、余暇は何をすれば良いんだ。
分からないからとりあえず暇潰しをしよう、そんな感じで人生終えそうだ。
そのとりあえずの暇潰しが、後から鑑みれば「趣味」なんだろうか。