日記

10月後半になると全国的に一気に寒くなって、身体が慣れてないこともあって妙に寒い。
通勤時のジャケットがメッシュから真冬用に変わったのはもちろん、室内でニット帽を被り始め、布団+毛布の2枚を用意。
本当についこの前まで夏らしさが残っていたのに、1ヶ月ほど季節が進んで冬らしい。

寒くなると心も少し変わって、寒気は寂しさを導く。
もう昔に比べて新陳代謝も変わったのだ。暖房なしで過ごしてきたが、電気毛布くらい買っても良いか。
冷え冷えとした外に比べて中はぬくぬくとしているだなんて、幸せじゃないか。
それに寒くなると運動しやすいし、案外冬のほうが活動しやすいはずだ。

まずは、急激な気温の変化に参らないようにすることだね。
大げさなくらい防寒対策して、冬を我が物に。

心理

Big fiveという性格を5因子で表す手法があるが、心理学ではよく使われている。
論文などにはよく「最も信頼されている」と書かれているが、その信頼性を評価した論文は見つけていないが。

さてその5因子の中には「神経症性」というものがあるが、これが高ければ鬱病になりやすく、幸福だと感じにくくなる。
高ければ自罰的・他罰的になり、自分にも他人も悪影響を与える。
と、いくつかの論文を読んでもその因子の良さというものをなかなか感じることが出来ない。
ゆえにこの因子は低いほど良いとされる傾向にある。

公務員試験などに使われるYG性格検査は、ビッグファイブの外向性と神経症性の2つのみを測って、それぞれの高低+中間の5タイプに分けるものだと、後になって判明してきている。
そのYG性格検査では、内向的かつ神経症ならばアーティスト系が向いているとされ、外交的かつ神経症ならば非常に行動的だがチームの形成には向かないタイプとされる。
それ以外は、地道な活動や協調性を持って行動するのが得意とされる。
自分は内向的かつ反神経症的のCタイプだった。

とは言え性格診断というのはその時々の気分によっても結果は変わるものだ。
だから、もし自分が外交的気分になったら、どのような人間となるのだろうとの予測がある程度つけるかもしれないな。
今の自分は数ヶ月前の自分と比べて、神経症性は低くなって気分はいくらか安定していると思う。
だけど思うのは、神経症的だった数ヶ月前のほうが鬼気迫る行動力・目的に向かって一心不乱に努力する傾向があったように思う。
あの時はその気分を全力で解消しようと、進路について努力できる限りを尽くしたし、心を落ち着けるような考えを書いた本を全力で読んだ。
今は気分が安定しているからこそ、集中力が少なくなってダラダラと読書をしている。
4月から行う仕事に対しての準備も考えてはいない。
自分と他者の違いや自己への追求も、のんびりとやっている。

確かに状況が違うから動機が変わってくるだろう。
だが集中力の度合いは今と数ヶ月前は違う気がする。
鬼気迫る集中力というのは、神経症的性格や気分によって生まれるのではないか、という仮説を立てている。
だからといって神経症的集中力ばかり発揮したり他人に発揮させたりしていれば、自罰性も他罰性も多くなって自分や社会は自壊していくことだろう。
人はこの力を、どうやれば安全に使えるだろうか?

日記

小学生の頃からネットに触れている人間だから、本なんかより検索性の高いネットのほうが良いに決まっている、と思っていた。
だからネットに足りないものは自分で書き足して、最高の知識体系を作る一助になりたいと思っていた。
実際、その思いでブログを書いたり他の場所で書き込みをしたりしていた。

だが最近は本当に検索性が下がった。
主にグーグルが悪い、のだが彼らも営利企業だからそのジレンマはしょうがないところもあるわけで。
金を稼ぐことで更に良いものを作ることに投資が出来るのだが、大きくなりすぎて金稼ぎに躍起になりすぎたのか、検索性はどんどん下がっている。
ネットに確かな情報を与えるという崇高な目的を持つ人々よりも、金銭目的のための記事作りも多すぎている。
多数派に迎合し、少数派を無視し、検索結果を捻じ曲げてでも多数派の結果に誘導しようとしている。
一体何度俺はダブルクオーテーションで検索文字を固定しないといけないんだ!

昔はネットが世界標準の情報源となる、と思っていたが現状はその思いも変わりつつある。
全ての人が最高の情報に触れ続けられる、わけなんかなくなった。
もうどうでもいいや、世界に素晴らしい情報を提供するなんてことに報いは無い。
ネットなんかより査読されている本を読み、自分の知らないことをメモし、読書メーターにまとめて記録している。
自分本位だがもうこれで良いや。

ネットの衆愚政治、ここに極まれり。いや、ピークはこれからかも。

日記,心理

徳島に戻ってきた理由、それは郷愁も関与している。
それ以来、そういう感情、喜怒哀楽では済まされない高次なのか原初なのか分からない心理についての興味を持ち出した。

仏教や分析心理学なんかを少しずつ学んで自分の心をサンプルにして探求しているが、まだあまり分かっていない。
しかしおそらく、この感情のジャンルは「意識の感覚」の内に入るのだと思っている。
例えば特定の風景や絵を見て、「美しい」と感じる、それは何か?
刺激としては視覚が大きいだろう。目を瞑っていても絵を美しいと思うか?
だが、その視覚情報を頭に入れて沸き起こる感覚、それが意識の感覚のようなものだと思っている。
般若心経では意識も感覚器官としているが、その意識による作用、なのではないか。

そういう意識の感覚も「空」だとされるが、しかしその前にまずは意識というものを知ることから歩まねばその先へはいけないはずだ。
過去をふっと思い出して幸せの原風景を思い浮かんで、言葉には出来ない何かが心と身体に押し寄せてくる、その感覚ってなんだ。
いや、全ての感覚は言葉には出来ない。
自分と他人の見ている景色が実は違っているという考え方の如く。

最近はそういう意識の感覚について、瞑想を通じて追求している。

日記

コロナもかなり収まって、県外への旅行も幾分行いやすくなってきた。
また、徳島にはプレミアム交通券や応援割といった交通と宿泊の補助があるから、これらを利用しようと考えると旅行欲も湧いてきた。

10,11月は宿泊込みの旅行を2,3回、年末年始にも長期で行きたい。
近畿がメインだが、年末年始に屋久島行けたらなー!と思ってる。
そんで宮之浦岳登るんだ。

でも年末年始は仕事の状況がどうなっているかはわからない。
このまま今の職場に4月までいられたら、と思うんだが。
だって、こうやって思う存分旅行の予定を立てられるくらい、土日祝が完全に休みだし有給も付与してくれているんだから。

お金

家計簿

独身アパート暮らし、30代の男の家計簿を載せます。

9月は仕事をしながらも、遊びと自己研鑽をバランス良く行えた、気候的にも精神的にも安定した時期となりました。

収支内訳

収入 238,989円
給与収入(手取り) 216,853円
資産運用益 436円
ネット収入 21,700円
雑収入 0円
   
支出 104,269円
食費 12,509円
雑貨費 6,042円
車両交通費 7,746円
医療費 2,570円
保険 0円
服飾費 0円
交際費 0円
娯楽費 39,665円
通信費 3,000円
雑費 10,302円
家賃 22,435円
   
当期純利益 134,720円

収入について

先月とほぼ一緒です。

仕事に対して辛さは、無い。
安定しすぎています。
そのおかげなのか職員さんたちは「あっという間に時間が過ぎて、先月何をしていたかよく分からなくなる」とのこと。
仕事に生きる意味や活力を見出すなら物足りない場所なのかもしれないけど、プライベートなどで追求したいものとかがあるのならこれほどいい所はありません。
自分も仕事に意義を見出そうとしてしまう性質だけど、工場労働に比べると嫌になることは無いな~。
何ででしょう。自分の心の変質なのか、こういう事務的な仕事が性にあうのか。

支出について

雑貨はAmazonとかで買ったものこまごまと。
マウス新調したのが一番大きくなった?
ホイールで下にスクロールする時、上に戻る時とかあると手がウガーってなって無意味に手を閉じたり開いたりする感覚、分かりません。

娯楽費は結構大きくなりました。
ちょいと2泊3日でバイクツーリングに行きましたが、この年になると流石に孤独感が出てくる…わけではなく普通に楽しめました。
あんまり遠くまでは行きませんでしたが、近い所も案外観光出来てないもんだなと感じる。

阿波西国三十三観音霊場の徒歩巡礼もはじめました。
休日にちょくちょく歩いています。
納経帳1000円+納経代300円×33の代金を計上しています。

8月分の電気代は4228円。
クーラーを使うことは少なくなりましたが、まだ多め。
もしかしてどこか漏電してるんじゃね?と思って調べてみると、エアコンのコンセントが焦げていた。
ひとまず抜いています。
これでほとんどクーラー使わなかった9月の電気代がガクンと落ちていたら、これが原因です。

家賃は22000円くらい。
部屋は相変わらずボロいけど、立地条件は最高だ。

9月の生活について

9月は何したっけ…
と思って日記を読み直す。
こういう時良いもんですね。日記書いてなかったら全く思い出せなかったかも。

読書は先月同様行っていて、10冊ほどは読んでいます。
読む価値がある文章なのか、読んでも記憶を飛ばしてしまう文章なのかの判断をすることが出来るようになってきた気がします。
覚えておきたい箇所はメモしておいて、読書メーターに残す感想文255文字に詰め込んでいます。
255文字なんて感想文としては少なすぎて何を省くか大変ですが、文字数が少ないおかげで何度も読み直すことが出来、結局後に残ります。
文章は同じ意味量ならば、短ければ短いほど良い!

8月まではまだ進路が不確定でしたが、9月は月初めからずっと確定していますから、気持ち的にも非常に安定しています。
やるべきことやって後は待つだけ、って時が今までの人生を鑑みても気持ちが安定するときです。
遊んでもいいし自己研鑽してもいいし、数ヶ月の疲れを癒やすべく何もしなくてもいいし。
セミリタイアのような自由とは違う今の自由、これは何て言葉で表そうかね。

日記

心理学についてまだまだ調べたり考えたりしているが、開放性とされるもの、直観性と感覚性とされるものの要素は人の生きかたに非常に大きな影響を与えると思う。
開放性が高いことはユング心理学での直観性に相関があるようで、知性や好奇心などの能力に相関がある。
「低学歴ほど保守的になる」という傾向があり、これは面白いと思わないか。
高学歴ほど直観的になる、というのは見えないものを信じたり追求したりする傾向がある。
基礎学力とされるものは現実には直接役立たないものが多いが、実学の裏にある理論を理解するには必要だ。
そういう現実から離れたものを、開放性が高いと扱うのが得意になる。

開放性が高いと他にもどのような影響が出るだろうか。
知的好奇心が強いってことは逆に同じような環境には満足を覚えにくい。
保守的な人間は同じ環境ほど安心できる。
先が見えてしまうことを絶望だと感じる人もいれば、安心だと感じる人がいる。その違いは開放性か?

人混みが嫌いで静かな場所が好きな内向的な自分でも、都市部の最先端さを感じられそうなところには憧れを抱くこともある。
だが行ってみると、しょうもないことで喜んでいる閾値の低い娯楽が多く、ハイエンドも存在するがコスパが悪い。
ハイエンドに達するには全ての力をそれに費やすくらいでないといけないが、そこまで一つのことばかり追求したいわけじゃない。
総合的な、社会への効用とかを感じたいのなら、人口が低いほど感じやすい。
だが、保守的な雰囲気と遅れている雰囲気があるわけで。
そういう雰囲気こそが、知的な人たちを地方から都市部へ行かせ、多数派の保守的な人間が彼らを理解せず追い出すかのようにするから、ますます都市部へ向かう。
だが人々が都市部へ向かうことが一般になれば、保守派が都市部へ行くことになるだろうか。いや、もう既になっているだろうか。

リベラルたちを地方に向かわせる何かを、この徳島で作れないものか?
システムであったり、雰囲気であったり、経済的な後ろめたさがあるなら経済的な利点を用意するか?

日記

色々やったりやらなかったりしたら間が出来てしまった。

子供の頃とかは今やっていること関係なしに、何になりたいかとか、何が好きだとかを聞かれ、決めていくことが多いだろう。
今は思う。
やりたいことは必ずしも好きなことじゃない。やっていることが好きなことなんだと。
やるなと言われてもやってしまうこと、今考える必要が無いのに考えてしまうこと、そういうのが好きなこと。
好きなこととは、呪いに近い。
宿命のようにせざるを得ない、そういうものだ。

自分が今考えていること、パーソナリティと生理学、人事について。
今の業務には関係ない。だが考えることが面白いから考え、それに関係する本を図書館で借りて読んでいたりする。

呪いのように気を向けていると、必然的に他人よりもそれに対して時間を費やすようになる。
このほとんど無意識のような時間の積み重ねが、その人のハロー(HALO)となっていくようにも思う。
外交的で開放的で共感的で誠実な、ムカつくくらい素晴らしい人がいる。
だがその人には内向環境で刺激を断って一直線に真理へ向かっていく人に比べると、たとえどれだけ能力・気質が素晴らしくともかける純粋な時間が足りない。
真理へ向かうとしても他人のことを気にかけて半端なところで思考が止まってしまう。

そういう、人の個性をうまく組み合わせ、立ち位置を定め、使えていけば、どんな素晴らしくて面白い社会となりましょう。
私は見てみたい。

日記

土日祝の3連休は蔓延防止や緊急事態宣言が出ていない地域に2泊3日で旅行に出ていた。
いつものごとくソロツーリング。
宿は楽天トラベルでほぼ最安のものを探した。
寝る場所としてはキャンプより安旅館のほうが良いように最近は思う。

全体的な感想としては、規制の無い地域から規制の無い地域に行こうとも、規制地域から退去してやってくる人間が多すぎるから結局完璧な感染防止が出来たとは言い難い。
おいおい、大阪・神戸は少しは自粛してくれ。
せめて少数で行動してくれりゃ良いんだが、大抵は家族連れ。リスクも高い。

まあでもコースとしては良いものだった。
晴れの海沿いのドライブはやっぱり美しいもので、青空の濃淡のグラデーションや水平線を眺めながらぽけーっと走るのは心が洗われる思いがする。
まあ、規制地域の人々が旅行したいと思うのは無理ないことだけれど。
こうやって、新しい景色を求めて動かないと、身体も心も凝り固まっていくから。

日記

仕事は相変わらず暇である。
もはや暇に慣れすぎて暇な仕事であるか否かの判断すら危うくなってきた。
暇な、はずだ。

パソコンに向かっているので適当にネットサーフィンで終業時間まで過ごすこともあるが、やはり生産的ではない。
色々と勉強していたが、今はとある分野の技術士と公務員試験の問題集を作成している。
過去問を取り寄せ、パソコン上に取り込んでデータベース化し、外部のフリーウェブアプリ的なもので別のサイトに公開したいと考えている。

過去問には正答番号が載っているだけで解説は無い。
なのでその公開問題集にも解説を加えるつもりだ。
だがもちろん解説を書くためには勉強せねばならない。
これがまあかなり疲れる。
完成には数ヶ月を要するだろう。
だが完成すれば日本で唯一の、その分野の解説付き問題集となるだろう。
自分の勉強にもなるし、広告でも入ればお金も儲かる?

人間は暇であれば何かしらを改善しようとするものか。
もしくは何もせずダラダラと過ごすだけだろうか。
それはまあ、性格の差だろう。
その性格を数値的に表せないかね?
…なんて疑問が思い浮かぶとグーグルスカラーで心理学の論文を漁っていて、問題集づくりも中断してしまうのであった。