2022.05.01 他人の気持ちを模倣して自分にないものを調べてみる

4月30日は晴れの休日で、爽やかな風と澄んだ青空の中で6時間ほど歩いていた。
頭にしっかりと血が回ったこともあって、考え事も多く出来た。

やはりここ数年は、人の心理についての興味が多い。
不足感、焦燥感は昔からあり、それらは趣味とか仕事とかで解消されて疑念を持たない何者かになるのかと思いきや、そうでもないようだ。
まあ、自分から見る「何者か」ってのは、自分から見た他人の側面でしかなくて、その人が本心で何を思っているのかは知れない。
何にせよ、外的要因ではなく我が心の内的要因が解消の鍵だろう。
それは西洋哲学より遥かに前から研究している東洋哲学の考えでもある。
それを一生かけて修行するのが仏教であったりする。

ネットで他人の本音とされるものにアクセスすることが容易となった。
その中ではたまに全く理解出来ない心の動きも見られる。
それは単に説明不足だからだろうか、自分が同じ状況なら同じように思うのか思わないのか。
MBTIに出会ってからは「もしかして人同士って本質的に異なるのだろうか?」という考えが強くなってきた。
他人が妙に保守的だったり間違いだと分かっていながら他人に追従することとか、一過性の他人の評価にどうしてそこまで拘れるのか、自分よりも自分を楽しませてくれるものを作り出せる他者がいたりするのに何かを創ろうとする人がいることとか。
彼らは私と違う。違うからこそ、参考になるところがある。
彼らを模倣することで彼らの幸せをも模倣出来るところがあるのではないか、学べるところがあるのではないか?

本心のレベルで他人と心を通じ合わせる行為、それはどのような場で出来るだろうか。
最近のネットは日常に普及しすぎて逆に本心が見えづらいところもある。
とは言えTwitterや掲示板はまだまだ本心が残っているけれど。
もう少し別の場で、様々な人々の心理を学べる場はあるのだろうか。
正直最近は、宗教的な場、薬物的な場、ダークウェブ的な場とか、黎明期のネットのような奥底感がある場を探っている。

日記,心理

Posted by YU