日記

前回の日記ではちょっと家賃高めのマンションに住もうと決めていたが、自分のこれからの状況が分からないのでまた引っ越すことになりそうなのだ。
1年も経たずに引っ越すなら手数料とかクリーニング代とかの初期費用がもったいない。
せめて2年以上住むことが分かっているなら家賃高めの良いマンションに住むのに。
住居手当があるなら住むのに。

「でも」「いや、やっぱり」「しかし…」と悩みまくって、結局コインで決めた。
表ならマンション、裏ならボロアパート!
裏が出た。

まあそのボロアパートは立地と景色が最高だから、そこにしかない魅力もあるんだけどね。
住みづらさは工夫でどうにかしよう。
光回線は引かず、iijmioのeSIMを使えば20GBは安く抑えられる。
しかしPCでネットするときにいちいちスマホを操作するのは面倒なので、出来ればルーターが欲しい。
でもeSIM対応のルーターは高い。

ユニットバスもかなり狭いものだ。
家から大きな姿見を持っていこう。
台所も狭い。
まな板を置くための台が別途必要だ。
とまあなんだかんだで初期道具代はボロアパートのほうがかさむだろう。
しかし家賃が2万円違えば、毎月2万円の雑貨を買っても良いというわけだ。

親から見れば自分の今の状況は激動とか不安定とか、らしい。
でも当人はこのくらい動いておかないと「俺はこのまま、死ぬのか」と絶望してしまう。
本当に、人種が違うのだ。人には備わった素質があり、それに対応する人生を送らねば鬱になるしかない。
今の菅首相に土木作業員やらせたところで日本一の土木作業員になれるわけないだろう?
人には得手不得手、落ち着くべきポジションがあるのだ。

日記

20日は公務員試験を受けてみた。
当たり前だけど若人が多い。
フレッシュさに気圧されてしまうぜ。
多分自分が受かったとしても、同期の中では浮くだろうな!

さて試験の出来栄えだが、教養はまあ及第点だとは思う。
社会科学は勘が多いので、正答率は1/2くらいだろう。
知能系は大体分かったが全く分からないところもあったので、8割9割?
自然科学系は多分9割。
全体では7割取れたか?

専門試験は国家公務員試験の過去問をベースに勉強していたが、出題傾向が少し違っていたの意外に難しかった感じ。
業種の時事より技術系が多かった。国家公務員では時事系が1/3くらいあるんだけど、地方公務員では1/5くらい。
もう少し出題傾向を研究してから勉強したかったけど、国家公務員に比べて過去問手に入れるのが非常に難しいんだよな、地方公務員試験。

まあこれで一息ついた。
でも1次試験の配点は全体の1/3。
面接が1/2、残り論述だ。
どれだけ一次試験で点が取れても取れなくっても、面接でほとんど決まってしまう。
でも今回は冷静に研究して面接官が喜びそうな受け答えをしようと思えている。
8年前に受けた時は、評価基準が全く分からなかったから。
時間は多いからゆっくりと対策していこう。

帰宅後の時間は遠慮なく別のことに使える。
今切羽詰まっている問題は、1人暮らしのためのアパート探し。
19日に内見に行ったが、家賃の割には景色と立地が最高だが住居としてはヒドイもの(以下A)、景色と立地も共用施設も部屋も最高だがちょっと家賃高め(コスパは良いのは認める、以下B)の2つに絞る。
Aには空き部屋がいくつかあり、景色の良い部屋にはすりガラス、微妙なところに透明ガラスがあり、交換可能かどうか聞く。結果、「自費で交換してください」とのこと。
更にAのネット回線について聞く。「工事しないと使えません。工事費はしてみないと分かりません」とのこと。
…Aアパートはやる気あるのか。これだけ立地条件良いのに!ああ、もったいない!
というわけでBが第一候補となっている。
家賃が高めだから貯金ペースは遅くなるが、でも冥土に金は持っていけない。
今が人生の本番なら、将来のために金を残すんじゃなくて幸せのために使ってみよう。

日記,心理

前回の日記からあっという間に5日。

目標達成までセオリー通り、何も感じず何も考えず、勉強している。進捗は思いの外順調で、通常1年かかる勉強を本当に3週間で9割ほど達成しそうな気がしてきた。9割勉強出来たからって9割の点数はもちろん取れないが。

平日仕事終わりに、家事を終えてから勉強する気になれるのも、自分が鬱的気質でいるからだ。やりたいことが無い、虚無だ。だからやるべきことをやるしかない。ヒトとしての気概が無いから惑わされない。惑いそのものが無い。歓びはもちろん無い。

これほど集中出来るのも、一人暮らししているからだと思う。他人がいると頭の中に他人の領域が出来て集中とやる気を失う。完全孤独な生活が寂しくて故郷に帰ってきたが、アパート暮らしくらいが距離感としてちょうどよいのだろう。これからも質素な一人暮らしを続けていくつもりだ。

遺品の着物を全て売った。防虫剤を使って保管したり箱に入れていたりしていたようだが、染みがあったりしてゼロ円だ。むしろ帯とかの小物っぽいもののほうが高く、全部で7600円。小物、もっと置いていたほうが良かったなあ。他の衣類も期待は出来ない。

日記

6/6にバイクに乗っているとき、縁石に左足をぶつけた。大きな腫れと歩けないほどの痛みから、こりゃ折ったなと思った。帰宅後もろくに動けず、動けない老人の如く。風呂にも入れない。勉強にも支障が出る。

だけど次の日にはいくらか痛みが減って、とりあえず職場に行く。早退を許してくれて整形外科に行き、レントゲンを撮ってみたら、内出血多めなだけで捻挫だった。骨折じゃなく捻挫と分かれば安心、痛みも減ったように思い込む。絶対逝ったと思ったが。まあこれで勉強にも集中出来るか。

先生が言うには、靴が役立ったらしい。WORKMANで買った鳶用の安全靴だったが、おかげで足指が無傷で、全体が挫いただけらしい。普通の靴だったら足指の骨が曲がって折れてしまっていたかも。

今日の覚えておきたいこと

頭が良く見えるようにするには、話を分かりやすく斬新すぎない、ジェスチャーしながら話す(インカメラ使って自分を見てみよう)、余裕なそぶりと表情を見せる。ダイゴの動画から。面接でも使えそうだぞ。

日記,心理

5年後の自分よ、まだ生きているか。
このブログを読むことが出来るか。
今の感情を記すから、これからの選択に役立てると良い。

人間は分かり合えない。
どれだけ長く過ごしても、脳の構造が変われば理解なんて無い。
親ですらだ。いや、親だからこそ。
少なくとも君と親、子をなす人間と子をなさない人間とで明確に分かれている。
分かり合えない人間とは表面的に付き合うだけにしておけ。
行動を指示するだけで、決してこれからの人生とか選択とかを話してはいけない。
「悩みは他人に話そう」との言葉があるが、それはきちんと共感とか理解とかをしてくれる人に限る。
相手を間違えればその言葉は自分に深い傷をつけるから。
自己肯定感や存在理由をますます減退させるから。
自分の命を救うためなら切り捨てることも絶対に必要だ。
一人は寂しい。
だけどそれを解消するのに頼って良いのは親じゃない。
今までで何度も間違えたが、2021年に決別したから、覚えておいて。

君は今、現場職から事務職へ移った。
事務職は一見つまらない仕事だと思えるだろう。仕事をしている感覚とかも少ないだろう。
だが、現場職だって続けていたらみたらそんな感覚は無くなっていく。
君は現場仕事に非常に大きなストレスを抱く。事務職のような落ち着いた環境を好む。
特に、鬱病ならば。
現場で抱くストレスは君を徐々に蝕む。
体験的に仕事をするくらいなら心地の良いストレスとなるから面白くは感じるだろうが、それはストレスだからなんだ。
続けていると君に大きな傷を付ける。
つまらない事務仕事をしていたら憧れはするだろうが、鬱になりたくなければ落ち着いた環境にい続けろ。
適度なストレスが欲しいのなら休日や仕事終わりに得れば良い。
自己コントロール出来ないストレスは最小限に、余暇を多くして自己コントロール出来るストレスだけを摂取しろ。

君は今、時々やってくる鬱に苦しんでいる。
鬱は今までの人生で何回か、大きなのは17歳の時、公務員試験に落ちた23歳の時、孤独な田舎暮らしをしていた29歳の時にやってきた。
そして31歳の今だ。
心が締め付けられて動悸・息切れがして、軽い睡眠障害、味覚障害に陥ったのは今回が初めてだと思う。
不眠時には衝動的に飛び降りようとした。
涙が出た。

君の性格は特殊で、ほとんどの人間には理解されない。
だけど落ち着いた環境の中で落ち着いた人々とはそりが合っていると思う。
だから、これからも落ち着いた環境からは逃れないように。
出来ること、続けられることは少ない。

今は自分のことで精一杯だ。
だけど願わくば、自分のような人間を救えるように、道を示し手助け出来る発表をしていってほしい。

日記,心理

最近の私生活は公務員試験の勉強のおかげでダラダラとネットサーフィンするのは少なくなった。
とりあえずふーっと息をついて椅子に座って、紅茶を飲みながらスマホをいじるが、最近はDaigoの動画を見ている。
30歳前から発症した軽度な鬱だが、最近は少しずつ強まっている気がする。
昔より集中できない、気がする。物覚えが悪い、気がする。気力が湧かない、気がする。
単に加齢の影響か、鬱か。
そんな時にメンタルヘルスとか性格分析とかに興味を持ち始めた。

今の自分はあまり幸せじゃない、そして何か希望を持っているわけではないから将来幸せになる、とも思えない。
そういう思いからやってくる虚無感、いや虚無感がまずあってそこから鬱がやってくるのかもしれないが。
Daigoはメンタルに関する知識が非常に多いし意思決定の科学的手法も多く知っているから、参考になる。

他人からこうしたほうが良いと言われても、本来の自分に嘘をつきつづければストレスが徐々に溜まって鬱になる。
自分がどんな時にどのようなストレスを感じたり悩んだりしているかは、過去の自分が知っている。ゆえに、日々の心の記録が必要だ。起こったことだけを書く日記とは違う。
ストレスがあるとIQが下がる。頭脳労働や勉強、議論する場合はストレスを少なくすることにまずは尽力する。

学び、これからも覚えておきたいことはアウトプットするのが最も効果的であるらしいので(インプット大全より)、この日記にも学んだことと今の悩みや感情を記録していくことにする。

さて、話は変わって6月1日から別の仕事となった。
事務的な、公的な仕事だ。
前職とは違って身体をガンガン動かしたり現場で臨機応変に動くタイプではない。
事務と言えど一応は技術員で、でも少し専門外であまり強く興味を持ったことのない場所に配属された。
とりあえず事務作業は出来るようになるが、専門的な仕事が出来るかは不安だ。
勉強すれば出来るんだろうけど、育休代替の一時的な仕事だから深く学ぶには時間も興味も足りないと思う。
まあでも、のんびりと出来るらしい。多分主に雑用がメインの仕事になるだろうが。

この日記の最初に鬱がどうのと書いたが、新しく仕事を始めて、人の名前が覚えにくい、短期記憶が悪くなった気がしているからだ。
人の話を聞いてもすぐに出ていく。だから会話中はメモをとっておく。
うーん、こんなもんだったっけ。こんなに短期記憶悪かったっけ。
人の名前を覚えようとしていると、何と前職の同僚もすんなりと思い出せなくなった。
ただのうっかり、ど忘れ、だと今は認識しておこう。怖いから。

日記,心理

仕事の移り変わりの時期で自由な時間はあるが、祖父のアパートの遺品整理をしながら1人暮らしをしているので、やることは多い。
来週には申し込んでしまっていた資格試験があるし、3週間後の公務員試験だってある。
普通の人なら勉強に全集中するべきだが、ちょっと余裕ぶっている。
どうせ筆記試験が受かったところで、その後の面接が超苦手だからそれで落ちて無駄な努力だったー、ってなりそうで。

だが24歳の頃に比べたらまだ少し面接にちゃんと挑もうとしている、と思う。
あの頃は本当に何をしていいのか分からなかったから、志望動機とかを考えるだけで精一杯だった。
でも今は、ネット検索で公務員面接の評価基準を調べられたから、それに沿って練習しようと思えるようになっている。
内容よりも、話し方のほうが大事。スラスラと高度なことを言わないといけないわけではなく、大きな声で、はっきりと、ゆっくりと、結論から話して簡潔にまとめる。外見もピリッとしておけばいい。そのくらいである。
でも昔はそれが分からなかった。
評価基準がよく分からない試験は大嫌いだ。分かれば素直に従うが分からなかったら非常に大きいストレスになる。

とまあ試験勉強のことはいくらか考えているが、本当に自分は公務員になりたいかって言うと、本心でははっきりとは言えない。
というか、30歳になってからは20代の頃のような心の奥から燃え上がるようなやる気が出ることは無い。
だから何をやろうとしてもやっていても目指しても、全てが嘘くさく感じてしまう。
大きな事を達成するには今の感情は良くても悪くても無視するべきで、機械のように力を尽くすべき、らしい。
今のように虚無感を感じても当初定めた目的がかなうまで、淡々と。

でも疑問に思う。
目的は感情によって定められるのではないか。
正義感、義憤、希望、愛、そういうのは目先の低級な感情とは別なのか?
虚無感や絶望のような感情はどうなんだ。

日記,心理

6月からは期間付きだが公務員的な職場で働くことになる。
その後何をするかは決まっていない。

もし自分が公務員的な仕事がやっぱり好きだと思ったら、公務員を目指しても良いのか。
それとも、準公務員とか団体職員を狙うべきか。
もし公務員を目指すなら6月に試験があるから受けてみても良い。
試験勉強時間は少なすぎて記念受験とか来年に備えて、という感じになるだろう。
だけどもし受かったらのなら極めてスムーズに次の仕事が定まる。

だけど24歳の時に受けたら落ちたのだ。
あの時は別の県だったけど。
国家公務員総合職も一般職も、県職員上級も落ちた。
筆記試験の勉強は結構したのに。
昔の自分が出来なくて、今の自分が出来るわけがない、とも思える。
試験勉強なんかに無駄な労力払うべきではない、のか?

それに公務員になったとしても、「つまらない仕事」「凝り固まった、改革を許さない職場」と評される労働環境に自分は楽しいと思うのか。
だけど新卒で入った職場は団体職員だったし公務員的な仕事が多かったが、やりがいなくてつまらない仕事、とはあまり思わなかった。
むしろ民間のほうが遥かにつまらないさ。
自分のような森を見て木を見ず、みたいな人間は広い視野を持って仕事をするのが好き、ということは公務員も良いんじゃないかと思うんだけど、どうだろう。
木を見て森を見ず、今この瞬間を乗りきることに長けている人間にとっては公務員の職場はどう思うか。

日記

6時20分、起床。
身だしなみを整え、朝食を済ませる。
もっぱら焼いてない食パンとジャム、賞味期限が5年過ぎたインスタントコーヒー。
昼食用に弁当を作る場合がある。ご飯、梅干し、漬物、目玉焼きだけ。
菓子パンを買っていたらそれ一個持っていく。
出発時間まではトイレに行ったりニュースを見たりする。

7時12分に元・祖父のアパートを出て仕事に行く。
17時30分ごろ帰宅。
15分ほど一息置いて、19時まで部屋を「掘って」いく。
燃えるゴミ袋、プラスチックゴミ袋、燃えないゴミ袋を傍らに置いてゴミを分別しながら入れていく。
解体した紙容器やまだ使えそうなものは後ろに放り出す。
そうして「掘り」進んでいく。

ラジオが19時を知らせたら切り上げて、後ろに放り出したものを整理していく。
使えるものは押入れに整理し、紙ゴミは縛ってまとめる。
内容物入りの瓶は流し台で固形物と液体に分け、空き瓶は適当な袋に。
粗大ごみはベランダに、資源ごみは入り口脇の倉庫?へ、燃えるゴミ袋等は玄関に置いて曜日が来たら1階に捨てに行く。

19時30分頃に一通りの作業が終わるので、手を洗って晩御飯を作る。
近くのスーパーで買ったものだったり、発掘した物だったり。
基本的には缶詰、瓶詰め、レトルトパウチ品は賞味期限が5年前までなら食べるようにしている。
それ以上なら問答無用で廃棄。
プラスチック容器に入れられた海苔を食べてみると非常に湿気ていたので、そういうのも捨てている。
一度開封したものも廃棄。

調理道具は最低限の物しか用意しておらず、元あったものはほとんど捨てた。
なので野菜炒めなど非常に簡単な調理しかしていない。
掘り進めるにつれて期限切れの食品が大量に出てきているので、これからしばらくはそれらを消化するためのメニューが多くなりそうだ。

20時30分頃に食事と休憩はひと段落。
洗い物も終えたらシャワーを浴びる。
少し広いユニットバスだが掃除前は非常に臭かったので、シャワーだけで済ませている。
石鹸で頭の先からつま先まで。
シャワー生活は9年ぶりか。
時期的にも暖かいからか、風呂に入りたいとも思わない。

21時頃、余暇。
22時20分、就寝。

実家暮らし+仕事から、一人暮らし+遺品整理+仕事の生活となったので、非常に忙しくなった。
だけど頭を回転させることが増えたので少し活動的になったように思う。
合理的な生活は楽だし使える時間も増えるが、だらける時間も増える。
忙しければチャキチャキ動いて時間を圧縮して密度を高め、結局楽しむ余暇の量そのものは変わらなかったりする。
だからといって目的も無く無暗に忙しければ、疲れた時に合理性を求め、全てが破綻してしまう恐れもある。
まあでも自分にとって、自分でコントロールできる忙しさは心地よいと思う時は多い。

日記

今は引き払う予定の祖父夫婦のアパートを片付けながら、そこで一人暮らししている。
働きながら、片付けながら、家事もするということだ。

痴呆の入った人が暮らしていたところだし物を捨てない人だったから、最初は非常に住みづらいところだった。
3日ほど通いで片付けて、臭いも減ったし空間も出来てきたから、16日(日)に移住してみた。
生活用品は持ち運びやすいアウトドアグッズと100均で買ったものを中心にし、再利用できる消耗品は使って足りない物はスーパーなどで買っている。
1年半ぶりの自炊一人暮らしは余裕、なわけではなくて毎日の献立を考えるのはやっぱり大変だ。
とりあえず、カレーやインスタントラーメンが作れるくらいの設備は整えた。

引っ越しはスーツケースと袋数個分を車に入れてきただけ。
大型家電などは既に備え付けている物を掃除して使うし、趣味道具は実家に置いてきた。
パソコンやスマホ関連、当面の本と仕事用の衣類、そんなもんか。
多くの物はコンパクトに出来るアウトドア用品で代用できるが、今こうやってポチポチ打っているパソコンの、デスクやチェアは代用出来ない。
非常に悪い体勢になっており、実家でいた時よりは長時間のパソコン作業は出来ない。

今住んでいるこのアパートには物であふれかえっている。
しかし大半は賞味期限切れの食品だったり、おそらくいつか使おうと思っていたであろう空容器とかだったりで、リサイクル出来るものはごくわずかだ。
台所の奥はゴキブリの巣窟になっていそうな汚れが多く、掃除しても使いたいとは思えない。
とりあえずシンクとコンロは洗ってみたが。

ひとまず今は仕事と家事と遺品整理を平日に行っている。
忙しいが、多少は夢中になれている。
一人暮らしだー自由だ―とかは思えてないから、一人暮らし特有の喜びは無いが。