日記,心理

5年後の自分よ、まだ生きているか。
このブログを読むことが出来るか。
今の感情を記すから、これからの選択に役立てると良い。

人間は分かり合えない。
どれだけ長く過ごしても、脳の構造が変われば理解なんて無い。
親ですらだ。いや、親だからこそ。
少なくとも君と親、子をなす人間と子をなさない人間とで明確に分かれている。
分かり合えない人間とは表面的に付き合うだけにしておけ。
行動を指示するだけで、決してこれからの人生とか選択とかを話してはいけない。
「悩みは他人に話そう」との言葉があるが、それはきちんと共感とか理解とかをしてくれる人に限る。
相手を間違えればその言葉は自分に深い傷をつけるから。
自己肯定感や存在理由をますます減退させるから。
自分の命を救うためなら切り捨てることも絶対に必要だ。
一人は寂しい。
だけどそれを解消するのに頼って良いのは親じゃない。
今までで何度も間違えたが、2021年に決別したから、覚えておいて。

君は今、現場職から事務職へ移った。
事務職は一見つまらない仕事だと思えるだろう。仕事をしている感覚とかも少ないだろう。
だが、現場職だって続けていたらみたらそんな感覚は無くなっていく。
君は現場仕事に非常に大きなストレスを抱く。事務職のような落ち着いた環境を好む。
特に、鬱病ならば。
現場で抱くストレスは君を徐々に蝕む。
体験的に仕事をするくらいなら心地の良いストレスとなるから面白くは感じるだろうが、それはストレスだからなんだ。
続けていると君に大きな傷を付ける。
つまらない事務仕事をしていたら憧れはするだろうが、鬱になりたくなければ落ち着いた環境にい続けろ。
適度なストレスが欲しいのなら休日や仕事終わりに得れば良い。
自己コントロール出来ないストレスは最小限に、余暇を多くして自己コントロール出来るストレスだけを摂取しろ。

君は今、時々やってくる鬱に苦しんでいる。
鬱は今までの人生で何回か、大きなのは17歳の時、公務員試験に落ちた23歳の時、孤独な田舎暮らしをしていた29歳の時にやってきた。
そして31歳の今だ。
心が締め付けられて動悸・息切れがして、軽い睡眠障害、味覚障害に陥ったのは今回が初めてだと思う。
不眠時には衝動的に飛び降りようとした。
涙が出た。

君の性格は特殊で、ほとんどの人間には理解されない。
だけど落ち着いた環境の中で落ち着いた人々とはそりが合っていると思う。
だから、これからも落ち着いた環境からは逃れないように。
出来ること、続けられることは少ない。

今は自分のことで精一杯だ。
だけど願わくば、自分のような人間を救えるように、道を示し手助け出来る発表をしていってほしい。

日記,心理

最近の私生活は公務員試験の勉強のおかげでダラダラとネットサーフィンするのは少なくなった。
とりあえずふーっと息をついて椅子に座って、紅茶を飲みながらスマホをいじるが、最近はDaigoの動画を見ている。
30歳前から発症した軽度な鬱だが、最近は少しずつ強まっている気がする。
昔より集中できない、気がする。物覚えが悪い、気がする。気力が湧かない、気がする。
単に加齢の影響か、鬱か。
そんな時にメンタルヘルスとか性格分析とかに興味を持ち始めた。

今の自分はあまり幸せじゃない、そして何か希望を持っているわけではないから将来幸せになる、とも思えない。
そういう思いからやってくる虚無感、いや虚無感がまずあってそこから鬱がやってくるのかもしれないが。
Daigoはメンタルに関する知識が非常に多いし意思決定の科学的手法も多く知っているから、参考になる。

他人からこうしたほうが良いと言われても、本来の自分に嘘をつきつづければストレスが徐々に溜まって鬱になる。
自分がどんな時にどのようなストレスを感じたり悩んだりしているかは、過去の自分が知っている。ゆえに、日々の心の記録が必要だ。起こったことだけを書く日記とは違う。
ストレスがあるとIQが下がる。頭脳労働や勉強、議論する場合はストレスを少なくすることにまずは尽力する。

学び、これからも覚えておきたいことはアウトプットするのが最も効果的であるらしいので(インプット大全より)、この日記にも学んだことと今の悩みや感情を記録していくことにする。

さて、話は変わって6月1日から別の仕事となった。
事務的な、公的な仕事だ。
前職とは違って身体をガンガン動かしたり現場で臨機応変に動くタイプではない。
事務と言えど一応は技術員で、でも少し専門外であまり強く興味を持ったことのない場所に配属された。
とりあえず事務作業は出来るようになるが、専門的な仕事が出来るかは不安だ。
勉強すれば出来るんだろうけど、育休代替の一時的な仕事だから深く学ぶには時間も興味も足りないと思う。
まあでも、のんびりと出来るらしい。多分主に雑用がメインの仕事になるだろうが。

この日記の最初に鬱がどうのと書いたが、新しく仕事を始めて、人の名前が覚えにくい、短期記憶が悪くなった気がしているからだ。
人の話を聞いてもすぐに出ていく。だから会話中はメモをとっておく。
うーん、こんなもんだったっけ。こんなに短期記憶悪かったっけ。
人の名前を覚えようとしていると、何と前職の同僚もすんなりと思い出せなくなった。
ただのうっかり、ど忘れ、だと今は認識しておこう。怖いから。

日記,心理

仕事の移り変わりの時期で自由な時間はあるが、祖父のアパートの遺品整理をしながら1人暮らしをしているので、やることは多い。
来週には申し込んでしまっていた資格試験があるし、3週間後の公務員試験だってある。
普通の人なら勉強に全集中するべきだが、ちょっと余裕ぶっている。
どうせ筆記試験が受かったところで、その後の面接が超苦手だからそれで落ちて無駄な努力だったー、ってなりそうで。

だが24歳の頃に比べたらまだ少し面接にちゃんと挑もうとしている、と思う。
あの頃は本当に何をしていいのか分からなかったから、志望動機とかを考えるだけで精一杯だった。
でも今は、ネット検索で公務員面接の評価基準を調べられたから、それに沿って練習しようと思えるようになっている。
内容よりも、話し方のほうが大事。スラスラと高度なことを言わないといけないわけではなく、大きな声で、はっきりと、ゆっくりと、結論から話して簡潔にまとめる。外見もピリッとしておけばいい。そのくらいである。
でも昔はそれが分からなかった。
評価基準がよく分からない試験は大嫌いだ。分かれば素直に従うが分からなかったら非常に大きいストレスになる。

とまあ試験勉強のことはいくらか考えているが、本当に自分は公務員になりたいかって言うと、本心でははっきりとは言えない。
というか、30歳になってからは20代の頃のような心の奥から燃え上がるようなやる気が出ることは無い。
だから何をやろうとしてもやっていても目指しても、全てが嘘くさく感じてしまう。
大きな事を達成するには今の感情は良くても悪くても無視するべきで、機械のように力を尽くすべき、らしい。
今のように虚無感を感じても当初定めた目的がかなうまで、淡々と。

でも疑問に思う。
目的は感情によって定められるのではないか。
正義感、義憤、希望、愛、そういうのは目先の低級な感情とは別なのか?
虚無感や絶望のような感情はどうなんだ。

日記,心理

6月からは期間付きだが公務員的な職場で働くことになる。
その後何をするかは決まっていない。

もし自分が公務員的な仕事がやっぱり好きだと思ったら、公務員を目指しても良いのか。
それとも、準公務員とか団体職員を狙うべきか。
もし公務員を目指すなら6月に試験があるから受けてみても良い。
試験勉強時間は少なすぎて記念受験とか来年に備えて、という感じになるだろう。
だけどもし受かったらのなら極めてスムーズに次の仕事が定まる。

だけど24歳の時に受けたら落ちたのだ。
あの時は別の県だったけど。
国家公務員総合職も一般職も、県職員上級も落ちた。
筆記試験の勉強は結構したのに。
昔の自分が出来なくて、今の自分が出来るわけがない、とも思える。
試験勉強なんかに無駄な労力払うべきではない、のか?

それに公務員になったとしても、「つまらない仕事」「凝り固まった、改革を許さない職場」と評される労働環境に自分は楽しいと思うのか。
だけど新卒で入った職場は団体職員だったし公務員的な仕事が多かったが、やりがいなくてつまらない仕事、とはあまり思わなかった。
むしろ民間のほうが遥かにつまらないさ。
自分のような森を見て木を見ず、みたいな人間は広い視野を持って仕事をするのが好き、ということは公務員も良いんじゃないかと思うんだけど、どうだろう。
木を見て森を見ず、今この瞬間を乗りきることに長けている人間にとっては公務員の職場はどう思うか。

日記

6時20分、起床。
身だしなみを整え、朝食を済ませる。
もっぱら焼いてない食パンとジャム、賞味期限が5年過ぎたインスタントコーヒー。
昼食用に弁当を作る場合がある。ご飯、梅干し、漬物、目玉焼きだけ。
菓子パンを買っていたらそれ一個持っていく。
出発時間まではトイレに行ったりニュースを見たりする。

7時12分に元・祖父のアパートを出て仕事に行く。
17時30分ごろ帰宅。
15分ほど一息置いて、19時まで部屋を「掘って」いく。
燃えるゴミ袋、プラスチックゴミ袋、燃えないゴミ袋を傍らに置いてゴミを分別しながら入れていく。
解体した紙容器やまだ使えそうなものは後ろに放り出す。
そうして「掘り」進んでいく。

ラジオが19時を知らせたら切り上げて、後ろに放り出したものを整理していく。
使えるものは押入れに整理し、紙ゴミは縛ってまとめる。
内容物入りの瓶は流し台で固形物と液体に分け、空き瓶は適当な袋に。
粗大ごみはベランダに、資源ごみは入り口脇の倉庫?へ、燃えるゴミ袋等は玄関に置いて曜日が来たら1階に捨てに行く。

19時30分頃に一通りの作業が終わるので、手を洗って晩御飯を作る。
近くのスーパーで買ったものだったり、発掘した物だったり。
基本的には缶詰、瓶詰め、レトルトパウチ品は賞味期限が5年前までなら食べるようにしている。
それ以上なら問答無用で廃棄。
プラスチック容器に入れられた海苔を食べてみると非常に湿気ていたので、そういうのも捨てている。
一度開封したものも廃棄。

調理道具は最低限の物しか用意しておらず、元あったものはほとんど捨てた。
なので野菜炒めなど非常に簡単な調理しかしていない。
掘り進めるにつれて期限切れの食品が大量に出てきているので、これからしばらくはそれらを消化するためのメニューが多くなりそうだ。

20時30分頃に食事と休憩はひと段落。
洗い物も終えたらシャワーを浴びる。
少し広いユニットバスだが掃除前は非常に臭かったので、シャワーだけで済ませている。
石鹸で頭の先からつま先まで。
シャワー生活は9年ぶりか。
時期的にも暖かいからか、風呂に入りたいとも思わない。

21時頃、余暇。
22時20分、就寝。

実家暮らし+仕事から、一人暮らし+遺品整理+仕事の生活となったので、非常に忙しくなった。
だけど頭を回転させることが増えたので少し活動的になったように思う。
合理的な生活は楽だし使える時間も増えるが、だらける時間も増える。
忙しければチャキチャキ動いて時間を圧縮して密度を高め、結局楽しむ余暇の量そのものは変わらなかったりする。
だからといって目的も無く無暗に忙しければ、疲れた時に合理性を求め、全てが破綻してしまう恐れもある。
まあでも自分にとって、自分でコントロールできる忙しさは心地よいと思う時は多い。

日記

今は引き払う予定の祖父夫婦のアパートを片付けながら、そこで一人暮らししている。
働きながら、片付けながら、家事もするということだ。

痴呆の入った人が暮らしていたところだし物を捨てない人だったから、最初は非常に住みづらいところだった。
3日ほど通いで片付けて、臭いも減ったし空間も出来てきたから、16日(日)に移住してみた。
生活用品は持ち運びやすいアウトドアグッズと100均で買ったものを中心にし、再利用できる消耗品は使って足りない物はスーパーなどで買っている。
1年半ぶりの自炊一人暮らしは余裕、なわけではなくて毎日の献立を考えるのはやっぱり大変だ。
とりあえず、カレーやインスタントラーメンが作れるくらいの設備は整えた。

引っ越しはスーツケースと袋数個分を車に入れてきただけ。
大型家電などは既に備え付けている物を掃除して使うし、趣味道具は実家に置いてきた。
パソコンやスマホ関連、当面の本と仕事用の衣類、そんなもんか。
多くの物はコンパクトに出来るアウトドア用品で代用できるが、今こうやってポチポチ打っているパソコンの、デスクやチェアは代用出来ない。
非常に悪い体勢になっており、実家でいた時よりは長時間のパソコン作業は出来ない。

今住んでいるこのアパートには物であふれかえっている。
しかし大半は賞味期限切れの食品だったり、おそらくいつか使おうと思っていたであろう空容器とかだったりで、リサイクル出来るものはごくわずかだ。
台所の奥はゴキブリの巣窟になっていそうな汚れが多く、掃除しても使いたいとは思えない。
とりあえずシンクとコンロは洗ってみたが。

ひとまず今は仕事と家事と遺品整理を平日に行っている。
忙しいが、多少は夢中になれている。
一人暮らしだー自由だ―とかは思えてないから、一人暮らし特有の喜びは無いが。

日記,心理

自分はMBTIでいうところの直感型(N)である、らしい。
でも趣味は登山とかツーリングとか、感覚的なことも好きなのだ。
読書とかもそりゃするけどさ。
だからそういう直感型とか感覚型とか知らなかった学生時代は、自分は感覚的なことが好き、現場作業的なことのほうが好きだと思っていた。
卒業研究だって、先行研究を調べたりするより遥かに研究作業のほうが好きだった。
早く研究作業をしたくって研究テーマを決める時はむしろ鬱になりそうなほどだった。

卒業後は現場作業に憧れを持っていた。
「就社」よりも「手に職」を、と。
団体職員だったが出来るだけ現場に行くようにしたし現場作業員に敬意を持っていた。

だけど学生時代を終えて7年、現場作業に憧れて今やっているが、違う気がする。
気持ちいい景色も匂いも心地よいレベルの疲労もあるが、「これで人生を終えるのか」という不安がある。
感覚型には動物的な美しさがあるが、人間的な理性的な美しさはなかなか感じ取れない。
自分を客観視すればそれを感じとれるが、しかし実際に働いている時はもちろん主観的で、狭い世界を生きている気分がある。
発展性が無い、未来が見えてしまう。
見えた未来をそのまま体験するのは、自分にとっては死に近いように思える。

自分は見えないものを見るタイプだ。
他人からは未来予知が出来るように見えるだろうが、今現在を認識しにくい不利もある。
それぞれ得手不得手があって、学校のお勉強さえできれば全てが上手く出来るわけでもない。
普通科の勉強は非現実的だから、直感型はすんなり受け入れられるが感覚型は受け入れがたい。
学校の成績なんて、頭の良しあしより性格の違いを表す度合いのほうが大きいんじゃないか。

日記

今日はオンライン面談だった。
ハローワークで見つけた期限付きの事務職の仕事だ。
そして今日の内に返答があって、内定を頂いた。
まあ自分以外に応募者がいなかったから、内定を頂いたからって能力があったわけでもない。

その仕事は公務員的なところがあるようだ。
昔は「事務なんて出来て当たり前」とか「現場が大事ならどうして君たちがしないのか」とか思っていた。
だけど結局人間には得手不得手があって、不得手なことを本業にするといつかは破綻が来るんじゃないのかと考えるようになっている。
自分が新卒で就いた仕事、それは幾分か公務員的なところもあって、公務員的な仕事をしている時は評価されていた。
だけど当時の自分は手に職が付くような現場職がしたかった。
その後現場も自営業もやった。だけど何だか、しっくりこないところがあった。

事務的な仕事はルーチンワークならつまらないが総合職のような組織の未来を拓くようなのは非常に面白い。
ぼんやりとした観念的なものを実務に陥れていくこと、新たなシステムを作ること、そういうのは現場に憧れていた自分でもちょっと面白く思っていた。
しかし現場で他人とチームワークを活かして臨機応変に対応していくのは苦手だったから、自分は定型的な業務が向いているのだとも思った。

人生で色々な経験をしてきたが、何かをした時に不快を感じた場合、その原因を探ろうとするがその思い描いた原因とは別の原因だったのかもしれないな。
人は年をとるにつれて可能性が狭まっていき、それは不自由と絶望のようにも思えたが、ますます自分の性格に合った人生に近づいているとも捉えることが出来るんじゃないか。

日記

1日目で物の量と臭いにくじけそうになっていたが、2日目で何とか住んでいけそうな目処が立ってきた。
捨てられる荷物は袋に捨てまくって空箱は分解出来る物はして、粗大ごみになるのはベランダへ。
そうこうしていると空間が出来てきた。
何とか1R程度になってくれた。

だがまだまだ臭いは残るし掃除機をかけたとしてもここに寝転がりたいとは全く思わない。
万年カーペットを敷いていたようなので色々なものが浸み込んでいる。
取り払ってクッションフローリングを露出させ、強力な洗剤で拭き上げたい。
そうすれば消臭剤を置いとけば住めるようにはなるだろう。

しかしまあ本当に物が多い。
重複している物も多い。
こうやって物を取っておく人は物を大事にする人、ではない。
物は使われてこそだ。
重複し、古くなって一切使われなくなった物は、本来の役目を果たさずに、空間を占拠してその後捨てられるだけの運命。
物が可愛そうだ。物を取っておくのは物への愛が無い。

またすぐに休みが来る。
オンライン面談を予約したから休みをもらったのだ。
志望動機はどうしようか。
元々任期付きの仕事だから相手も大したことを期待はしてないだろう。
正直に「自分を見つめ直してみたい」と言っても良いものだろうか。
面談って、正解が無いのよ。昔から正解がハッキリしてないものには弱い。
人生をいかにして送るべきかについても、正解ははっきりしてないのが当然。だから今でも悩むのだ。

日記

前日まで長期旅行に行っていた。
一人レンタカー車中泊の格安旅行だ。
コロナがあるから宿泊施設は遠慮しておいた。いや、単にケチっていただけかも。

旅行そのものの感想はここではよしておこう。
ずっと前から計画していた旅行だが、奇しくも人生と仕事について考える時期と被った。
今の仕事は嫌だと思っているが、しかし色々な仕事を夢想しても「そんなことして何になる」と考えてやるせなくなる。
人生の意義も見失ってしまう。
2ヵ月前から考えていたが旅行中も考えていた。
新たな一歩を踏み出そうとしているが、「何やっているんだ俺は」と不安を抱くことも「どうなるんだ、ワクワクする」と希望を抱くこともある。
失敗ばかり、方向転換ばかりの人生だ。
だけど歴史上の偉人達も膨大な失敗をしてきた、と思って今も彷徨っている。

さて、最近祖父の再婚相手が亡くなった。
付き合いはほとんど無かったが、話したことくらいはある。
彼女が暮らしていたアパートを引き払うとのことで遺品整理をする必要となったが、とりあえず自分が名乗り出てみた。
相手方の親戚は何も持って帰りたいと思っておらず、業者に一任してさっさと片付けたいらしい。
祖父も同じだ。
そこで、最近一人暮らしをしてみたいと考えている自分が、アパートに1,2ヵ月暮らしながら片付けてみようじゃないかと思い立ったのである。

今日、そのアパートに行ってみた。
物が溢れ、掃除が行き届いておらず、臭い。
病院で亡くなったから死臭では無いんだけど。
軍手とマスクを装備して、捨てられるゴミはどんどん袋に入れていった。
暮らし始めるのは数日先になるだろうが、今はまだ暮らしたいとは思えないくらいの散らかりよう。
ひとまず水回りと寝るためのリビングだけは確保して、その他の部屋はゆっくりやっていこう。