日記

3月23日の晩に配属先決定の電話が来た。
案の定引っ越ししないといけない遠い場所で、しかも宿舎などもない。
すぐにアパートを探しに行かないと。

というわけでその日の内にネットで賃貸物件を調べて大体の家賃や場所や不動産屋の当たりをつけ、安くて面白そうな物件を扱っている不動産屋に行くことにした。
その面白そうな物件以外に数軒見て、決めてしまおうと思ったのだ。

そして24日の朝に現地に到着し、内覧していく。
やはりネットで見た物件が面白そうだったが、一人で住むには広すぎる気がした。
結局風呂トイレ別の職場に近いアパートにした。
家賃は込み込み45,000円。今住んでいるところが込み込み23,000円。
今住んでいる場所レベルに安いところは全く無かった。
一応35,000円とかもあったが、大抵は2階で、大きな冷蔵庫があるから一人で引っ越しできなさそうというわけで1階のアパートにした。
……引っ越ししやすいように一人で運べる大きさの冷蔵庫にしたほうが良いかな。
この冷蔵庫が無ければもっと躊躇なく2階を選べるんだから。

27日にもう一度現地に行き、契約。
20数万円を一括で支払う。
日々の節約もこういうので吹っ飛ぶって考えると、なんか虚しくなってくるよね。
アパートの鍵をもらったので引越し前にもう一度物件を見てみる。
あれ?よく見てなかったけど、台所が狭い。キッチンとリビングの間に扉が無い。
ああ、そうだよな。高いもの相手だと減点方式で評価してしまうのが辛いところよ。
格安だったら最初から期待してないから加点方式で評価出来て、案外満足感があったりするわけで。
まあでも、この決めたアパートだったら歩いて買い物も通勤も出来るし、散歩も楽しいし。
でもでも、毎日バイク通勤でも何ら困ることは無いし!ああ!
とりあえず今は、「急ぎすぎて失敗したかな」と思っておく。
そうしておけば住んでいる時に良い点が見つかったら加点方式で良いと思えるだろうから!

28日にレンタカー屋に行き、トラックを手配してもらう。
この時期だからいつでも空いているわけではなく、何とか30日に1tトラックを9時間借りれることになった。
24時間借りようと思っていたんだけど……。
即積み込み、即積み下ろし出来るように準備しておかねば。
電気、ガス、水道の手配、今住んでいるアパートの解約もせねば。
面倒くさいな。日頃使うの我慢していた有給は、こういうのでも吹っ飛ぶということか。

日記

臨時職員として公務員的な職場で働いていたが、今日が最後の勤務日だった。
挨拶を済ませ、机を片付け、退職していく。
引き継ぎは引継書を2時間ほどで書き上げ、10分ほど口頭で説明して終わった。
「ここの正職員になっても良いのに」なんてお世辞でも嬉しいことを言っていただけた。
ありがとう、ございました。

車でいつもどおりの道を帰る。
お気に入りの曲を口ずさみながら、アパートへ帰る。
私はやり終えた。

帰宅後にこのブログの日記を読み返す。
仕事のことよりも心理に関する研究の記述が多い。
私はこの10ヶ月間、心を探求していた。
答えは無い。だけど、新たな境地を垣間見せてくれた。
次の生活が来る。このアパートから退去する日も近い。

制限があるからこそ価値が生まれる。
いつまでも健康と美が続かないからこそ、それらに価値が生まれる。
恐らく将来の私は今の私よりも更に深い考えを持つようになるかもしれない。
だのにその成長後の自分より、失われたものに価値を求めてしまう。
必要なものなのに失ってしまう、のではなく失うからこそ必要と認識するのである。

私はまた一つ、二つ、失うことになる。新たに得ることもあるけれど。
次の職場が決まった。新しい住居を探さねば。

日記

あと2日で今の職場を離れることになる。
12月に異動したので4ヶ月間、その前の部署は6ヶ月間。
同じ組織で10ヶ月間働いた。

今の組織についての就職前の印象は、以下の日記で軽く書いていた。

https://life.yurecord.com/2021/05/11/post-1392/

昔の自分は1年経つ前に大きな不満を職場に抱いたりしたこともあったが、今回は特に無い。
燃えるような情熱とかはやはり無いが、「まあ続けていても良いんじゃないか」とくらいは思えるものだった。
これは単に私とこの職場のような仕事が合致していたからか、はたまた、感情が薄れているからか。

それなりに満足出来たと思えた職場だったが、今この瞬間の感慨は薄い。
「俺はやりきった……」
と達成感に浸っているわけではなく、4月からの仕事も本心ではただの『異動』だと思っている。
公務員的な職場から公務員的な職場なんだから、恐らくそれほど仕事のやり方は変わらないだろう。
基本的に事務所で働き、毎日毎週のスケジュールを立ててその時々のイベントをこなしていく。
たまにスーツを着たり人前で話したり、大きな組織の中で働いていく。

自由を欲しがっていたあの頃は、誰にも邪魔されず自分の裁量でやれることや達成感こそが人の幸福だと思っていた。
だが今は、個人の代替可能な大組織のほうが働きやすくやれることは多く、心理的安全性を高めることもこれはこれで可能である。
私は怠け者だが怠けすぎて認知症になって人生を終えたいとは思えない。
自由があり、怠けられるなら怠けてしまうから、ある程度の縛りは必要だ。
他人に理解なんてされない異常者で、ニート適性も無い救われようのない悪人だ。
そんな自分が少しでも役立てるような職場だったら、私を活かしてくれる場所があるなら、そこに貢献してみたい。
その行動の先に見えるものを見てみたい。

心理,日記

https://life.yurecord.com/2022/02/05/post-1635/

移動中、ふと以前理解した「受動と能動は一緒」だということを思い出していた。
今、目に見える風景、行動、やろうとしていること、無意義に生きていること。
自分にはもう生きる熱は無い、死んでいる。と思っている。

だけどこのような「熱の無さもあることも一緒である」、というのがふと心に落ちてきた。
つまり私は死んでいると考えるのと同時に生きてもいるのだ。
本当に自分は死んだものと思っていたから、まさに天啓のようなものだった。
私は、生きている、らしい。

やる気があるように思うこともあればないように思うこともあるだろう。
それらをひっくるめて「生きている」らしい。
笑いも苦しみも、希望も絶望も、等しく「生きている」
行動するもしないも、野望を持つも持たないも。
それらの区別は広大な無意識の中にぽつんと浮かぶ(有)意識が行っている。
無意識が私に垣間見せた「生きている」とは、空恐ろしくもなるくらい薄暗い広大な空間の風のようなものだ。

日記

晴れの休日、バイクで買い物に行き帰ってくる途中、ギアチェンジが出来なくなった。
完全に出来なくなる前にはDCTによるギアチェンジ時、通常は「カコン」だが「カリ、カコン」と滑っている感じがあった。
もしかしてギアが摩耗してきているのか?と思っていた。

そしてその数十分後、路上でギアが入らなくなる。
ギアのインジケーターは「-」だったがニュートラルのようで、押すことに抵抗は無いしエンジンも空ぶかしは出来た。

バイクを押して歩道に逃れ、更に症状を調べてみる。
NC750DCTは通常、ギアがニュートラル以外で電源を切ると、次に電源入れたときはギアが勝手に動いてニュートラルにする。
今回そのような電源入れ直しをしてみたところ、チェンジが滑っているのかずっと「カシュカシュカシュカシュ……」とギアを替えようとする音が聞こえた。

もうどうしようもないと思ったので、保険に付帯のロードサービスを使った。
自分の任意保険についてはあまり詳しく知らなかったが、このときようやくロードサービスと帰宅補助と代車補助について知った。
ロードサービスを呼んでいる最中に送り先のバイク屋をスマホで調べる。
近くのバイク屋には「DCTはホンダのコンピューター必要だからホンダドリームに頼んだほうが良い」と言われたので、アパートから少し遠いホンダドリームに送ることにした。
ホンダドリームに連絡し、受け取ってくれることになった。
少し難しい症状でありかつ予約が詰まっているので、3月中に治らない可能性が高いとのこと。
そこで保険屋に連絡し、代車を手配してもらうことにした。
4月から別の職場でどこに異動になるかわからないので、移動手段は欲しい。
代車は3月14日に自宅へ送ってくれることになった。
故障場所からはバスで帰宅。

走行距離60,000km超えだからそろそろ大きなトラブルあるかもしれない、と思っていた矢先のトラブルだ。
DCTは楽だがまさかこのような故障があるとは。
そろそろ乗り換えどきかとも考えられるが、まだまだ飽きさせてくれないとも考えられる。

月曜日はバスで通勤し、火曜日からは代車で通勤することになる。
そのための時刻表調べや駐車場所の調査などもあり、色々やって疲れた。
疲れたのだが、なんだか生きている感じがした。

日記

般若湯(ブランデー)を飲み、暖かな最高の空気の中、この日記を書いている。

来月から別の仕事に移る。
心理や生活様式も変わるだろう。
これから先、私は何をしていくべきだろうか。

まず、親が嫌いなのはこれからも続けていく。
心が落ち着き、振り返れば想いも変わるだろうと思っていたが、やはり今でも許すことは出来ない。
死ぬまで許せないくらいだ。これはアイドル業界でもある愛から憎しみへと変わる「反転現象」なのかもしれないが。
困った時に更に追い打ちをかけるような人間と付き合う理由は無い。

プライベートでは、やはり今後も心理についての学習を続けていきたい。
私は人の心など分からない。ゆえに興味深いものでもある。
今の職場でも無能な働き者のような存在がいるが、このような存在にはどのように対処するべきかということなども学んでいきたいものだ。
自分を含む人の心を知り、自在に操作できれば、全ての人間が幸福になることが出来る、のではないか。

32歳の男、世間的には結婚するべきなのだろうが、1年ほど前にはあった結婚願望は今はほぼ無い。
もう独身でも良いし、私という人間・性格の行く末でもあるのではないかとも思う。
結婚すれば、今の私も消え去る。
静かな場所で静かに深く考えることなんてほとんど出来なくなるだろう。

今は、知りたいことがいくらかある。
それを追求しておきたい。
心理学、民俗学、宗教など。理系科目は仕事として学んでいくことになるだろう。
仕事を失ったとき自分は何をしたいか、想像できない。
自己肯定感が更に下がり、自分の命に引導を渡す可能性もあるだろう。
虚無感は3年前からずっとあり、心が燃えるようなことも無い。
今はただ、静かにゆっくりと心と身体を置いてみようと思う。

日記,心理

今の仕事も今月で終わる。
ありがたいことに有給も付与してくれたのだが、なんと1月に付与されるから1~3月の間に5日消化しないといけない。
6~12月の間にも5日休んだから、怠け者の自分ですら「こんなに休んでいいの……」と思ってしまう。
組織としては規定だからしょうがないらしいのだけど。
というわけで、最終勤務日は再来週くらいになりそうだ。

12月に異動してからは少し忙しくなったし少しモヤッとすることもあったが、まあ全体的には性に合っているほうなのかもしれない。
1年前と今の自分の気持ちや感受性が大きく変わったからってのもあるんだろうけどさ。
自ずとやれること、他人なら疲れることだが自分ならほとんど疲れないってことは、天性である。
データ処理とかは自分はやはり上手いほうなのかもしれない、と働いていて思う。

今の仕事の処理方法は次の仕事にも共通点はあるだろう。
事務処理だけでは終わらないかもしれない次の仕事のほうがやりがいはあるかもしれない。
でも、今の自分はそういうやりがいがあろうがなかろうがあまり関係ない、という価値観になってきている。
自分は内向的だ。
私の真実は私の中にあり、それはどこに行っても同じではなかろうか。

色々な本を読んで世界や自分への見方も整理出来た。
過去に自分が燃え尽き症候群になったのも、少しずつ悟ってきている。
様々なものに惹かれて燃えて、燃え尽きた後に残ったものにこそ注目しよう。
失ってゆくことを覚るのは怖い。でも、奥底にあるものを正しく見るには、失うことだって必要だし価値のある体験なんだと考えることも出来る。
私は死にながら生きていくしかない。

日記

とあるゲームを終わらせるために一気にプレイしていたら、余暇にそれに対する時間を使いまくって日記すら書いてないからまた日付がとんだ。
2週間ぶりの日記に意味なんて……!?
仕事は繁忙期になっており、少し忙しいというのも理由だったけれど。

そうそう、仕事中に掲示物の張替え作業を行っていたんだけど、何か腰をかがめると妙に痛い。
仕方なしに膝の屈伸で物を取ったりしてたんだけど、痛さがだんだんと大きくなってくる。
掲示作業が終わって椅子に座っても少し痛く、前かがみになれないので妙に姿勢良くしてデスクワークした。
休憩のため席を立つと、なにかを手で掴まないと立てないほど痛い。

帰宅のためにバイクに乗るのも一苦労で、特に腰をねじる動作に痛みを感じるので、車線変更時の目視確認などが痛くてしづらい。
なのであまり速度も控えめにして、安全運転で帰る。
そして帰宅後も痛みはずっと続いており、この辺でようやく「これ、ぎっくり腰なのでは?」と思い至るようになる。
小さな腰痛は今までにもたま~にあったが、単に筋肉がつっていたり凝り固まっているようなものですぐに治るものばかりだった。

その後痛みはずっと続き、2日後の朝の今でも痛い。
寝るときなんて寝返り打てない。
両手で体全体を操作し、腰がひねらないように、身体を横にする。
寝返り打つだけで覚醒してしまうので、寝不足にもなる。

そんなわけで人生初のぎっくり腰は、32歳の3月ということになった。
腰は20代でやる人もいるから、まああり得ることなんだろう。
今まで腰痛者(安部菜々ちゃんとか)を笑っていたが、笑い事じゃねえ!
これが続けば運動そのものが嫌になって人生も楽しくなくなる。
やはり人生を楽しむには、健康こそが第一である。

日記

相も変わらず読書は続けている。
変わらぬ毎日だが、ゆっくりと変わっていたり考えが進んでいる感じはある。
1年前と今の自分は、明確に変わったと言える。
もちろん、それが良いとは限らないのだが。

近所の図書館の本も興味深いものはかなり読んでしまったような気がする。
そこそこ興味のあるレベルならまだまだ時間はかかるが。

最近は民俗学はもちろんだが仏教も学んでいる。
この2つを同時進行で学んでいるとある疑問が生じる。
「今は世襲の僧が多く、昔はそうではない。昔はなぜ僧になったのか、どのような心理状態で僧になるのか。辺鄙な場所にもなぜ寺はあるのか。民衆はそのような寺とどのように関わっていたのか」

これらの疑問は恐らく仏教民俗学という範疇になるだろうが、それに関する良書がまだ見つかっていない。
もっと綺麗事を抜かした生々しい記録が読みたい。それも、心理の方面で。

心理,日記

今日は阿波西国三十三観音霊場の徒歩巡礼をしていて、遂に終えた。
結願してめっちゃ達成感得られた~ってわけではなかったけどね?
でも達成感がそこまでではあっても満足感は無いかというと、そうじゃない。
やってよかったな、と思う。

最後の札所へ歩いている途中、不思議なことを考えた。

もしかして、受動的に生きることと能動的に生きることってあまり区別つかないんじゃないだろうか?

私は今、歩いている。
私は誰からも指示されず目標を設定し、それを達成しようとしている。
能動的だ、と言えるだろう。

しかし今、歩いている私はただ足を動かして目の前の風景をボケーっと見て「あっ、○○があるー」と素直に受け取っている。
ただ足を動かすだけで何かしらの刺激を得て、満足している。
これはテレビを見るだけで満足しているのとそう変わらないのではないか?

私が受動的に見ようとしているものは、実は能動的に見ている。
私が能動的に見ようとしているものは、実は受動的に見ている。

私が能動的に人生を変えようとしているのは、環境や脳の機能や記憶等の縁起によってであり、それらからの受動の結果である。
私の人生が受動的に変わろうとしているのは、環境等からの影響を撥ねつけないという能動の結果である。

私は能動と受動を両立するし、どちらも無い。
あるがまま、に?